第78話:これが私のやりたいことなのっ!

 

 淡雪とのデートはここで終了。

 本当の目的はこれからだった。

 お店を出て、彼女を連れて例のステージの方へと向かう。


「今度は私をどこへ連れていくつもり?」

「どこだと思う?」

「……なるほど。そういうことね」


 彼女は周囲の雰囲気から察したらしい。

 この先にはダンスのフリーステージがある。

 遠くからでも聞こえてくる派手な音楽と観客の声援。


「猛クンからのデートのお誘いだと思ったら、こういうことね」

「分かっちゃった?」

「えぇ。あの子の差し金か」

「半分正解です。もう半分はホントに淡雪さんとゆっくり話がしたかったんだ」

「くすっ……その半分で、貴方に対しての好感度が微増したわ」

「……あれで微増だったのか」


 ゲームと違って現実の好感度は厳しい設定のようだ。


「私はそう簡単に攻略できるヒロインじゃありません」

「ですよね」


 軽口を言いあいながら、


「今回のこと、結衣から頼まれたの?」

「夏休みはダンスに専念したいんだって話を聞いたよ」

「そのために説得する相手を貴方に選んだわけか」

「仲良くさせてもらってますので」

「あの子もなりふりかまわないわね。こちらの事情に猛クンまで巻き込むなんて」

「それだけ信用して頼りにされて嬉しいけどな」


 彼の言葉に彼女は少し不機嫌気味に、


「はぁ。猛クンの優しさは兄属性って感じがするわ」

「お兄ちゃん?」

「でもね、包み込む優しさは、女の子には甘い毒よ」

「甘い毒とか言い方……」

「ホントに甘い毒。慣れすぎると怖くなる。危険だわ」


 少々、呆れた顔をする淡雪は、


「可愛い女の子を甘やかさせるのがお好きなようね?」

「あはは……」


 苦笑いで誤魔化しておく。

 

――好きなんですよ、本当に。


 こればかりは自分の性格なのでどうしようもない。


「……習い事を全部やめたいとあの子が言ったの。ダンスしか自分にはないって」

「それだけ真剣なんだろ」

「ダンスなんてただの遊びでしょう」

「彼女は本気だと思うけどな」

「プロになるわけでもない、遊びや趣味の世界だわ」


 ストリートダンスとか聞いたら、そう思う事もしょうがない。


「あの子には自分の立場の自覚がないのよ」

「須藤家のご令嬢としての立場?」

「それも含めてよ」


 結衣がどれだけ真剣に取り組んでいるのかを彼女は知らない。


「そうかな。結衣ちゃんなりに色々と考えているんじゃないか」

「まだ中学生で遊びたい盛り。何も考えてない」

「お姉ちゃんは厳しいようで」

「自分がしたいことをするだけよ」


 猛は実際にこの目で見て知っている。


――結衣ちゃんは本気で頑張って、努力している。


 ステージの上に立つために。

 チームの仲間のために。

 積み重ねてきた練習の成果を見せるために。

 観客の皆が楽しんでくれるために。


――それは遊びではなく、本気でやってる。


 あの我が儘な結衣が見せた“本気”を猛は分かっている。

 だからこそ、応援してあげたいと思っていた。


「……淡雪さんは結衣ちゃんの踊ってる所をみたことがある?」

「家で練習しているところなら何度か」

「本番のステージは?」

「騒がしい所は苦手だもの。一度もないわ」


 撫子は言っていた。

 大事な話をする時はちゃんとお互いの意見をぶつけあえって。


「……淡雪さん。結衣ちゃんの本気を見てあげて欲しい」

「あの子の本気?」

「見たら分かるよ。それで判断してあげて欲しいんだ」


 他人である猛は須藤家の事情には口出しできない。

 

――できることは……こういう事しかできないんだ。


 彼なりに考えて、実際に見て判断してもらうことにした。

 淡雪は決して、話をして理解をしてあげられない子ではない。


「結衣ちゃんのダンスに向き合ってる姿勢を見てあげて欲しい」

「猛クンはどうして、結衣の味方をするの?」

「一生懸命な姿を見ていたら応援したくなるものだろ」

「……ホントにそれだけかしら?」

「どういう意味?」

「中学生くらいの子が好みとか、下心的な理由で」

「違います」


 その誤解はとても悲しい。

 ステージへたどり着くと結衣ちゃんがこちらにやってきた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんっ」

「やぁ、結衣ちゃん。約束通り、連れてきたよ」

「ありがとう。……お姉ちゃん、あ、あのね」

「猛クンに騙されて連れてこられただけよ」

「だ、騙してはないかなぁ?」


 淡雪からの抗議の視線に目をそらす。

 

「猛クンのことはともかく、別に貴方の事を認めたわけじゃないわ」

 

 厳しい姉の言葉に負けない。

 結衣は前を向いて明るい笑顔を見せる。


「それでもいいよ。お姉ちゃんには私のダンスを見てもらいたいんだ」

「……そう」

「こうしてみてもらうのは初めてだね、えへへ」


 これまでは興味もなかった。

 淡雪を振り向かせるのは難しい。

 実際に目で見てもらえなければ、何も始まらない。


――彼女はすでに覚悟を決めている。


 どう判断されるかは分からないが、その結果を受け止める気だ。

 やってダメならしょうがない。

 何もしないよりはマシだ。


「私の全力を見て。それで判断でしてほしいの。私にチャンスをちょうだい」

「見ても何も変わらない。私は貴方のダンスなんて認めない」

「諦めないよ。私はやりたいことをやりたいようにする。私は我がままなの」

「よく知ってる。どこまでも自分勝手な子供だもの」

「そのためには最後まで諦めないから。お姉ちゃんに認めてもらうために頑張る」


 それは昨日の夜、彼女との電話をしていた時の事だった。


『えー、お姉ちゃんにダンスを見せるぅ?』

『今の結衣ちゃんの全力を、真剣な姿を、想いを彼女にぶつけるしかない』

『それで認めてくれるのかな?』

『言葉だけじゃ伝えられないことってあるよ。行動で示すしかない』


 淡雪は厳しくても、理不尽な事を言う人ではない。

 ちゃんと相手の事を考えてくれる。

 絶対に分かり合えない相手ではない。


『淡雪さんにありたっけの想いをぶつける。それしかない』

『想いを……。私の想い。うん、分かった。やってみるよ、お兄ちゃん』


 電話越しでも、しっかりとした意思を感じ取れる声だった。

 彼女は覚悟を決めて、今、ここにいる。


「行ってくるね、お姉ちゃん。私を見て!」


 自分のやりたいことを貫くために。

 大好きな姉に認めてもらいたいために。


「これが私のやりたいことなのっ!」

 

 その足でステージの中央に上がる。

 一気に歓声に包まれ、会場のボルテージが上昇する。


「うわぁ!結衣ちゃんだぁ~!」

「可愛い♪」

「今日も魅せてくれよっ」


 ファンたちの歓声、派手な音楽と共に彼女はステージで踊り始めた。

 

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