第47話:私を裏切るおつもりですか?
駅前で優子と遭遇して、そのまま一緒に帰ってきた。
その日は珍しく家族で食事。
のんびりとした雰囲気は嵐の前の静けさだったのか。
我が家を震撼させることになる、戦いが始まろうとしていた。
事の始まりは猛の何気ない一言から始まった。
「母さん、帰ってくるペースが早くない?」
「そんなことはないわよ」
「いつものペースだと月末じゃないか?」
「……こちらに用事があっただけよ。それとも母親が戻ってきてはいけない理由でもあるのかしら? 兄妹仲良くを邪魔されたくない、とか?」
まずい、と直感的に悟る。
――今回は単純に俺と撫子の関係を怪しんで戻ってきたな。
先日から疑惑の目を向けられている。
母親としては様子を見にきたい衝動にかられたのだろう。
――ここは平静を装い何も疑惑を感じさせてはいけない。
雰囲気を読みながら、首を横に振って猛は否定する。
「何もないよ。こうして家族で同じ時間を過ごせるのはいいことです」
「そうね。普通の家庭っぽくていい。でも、安心したわ」
「何が?
「今日はこれを渡すつもりだったんだけども、必要なくなってしまったわね」
そっと猛に渡されたのはどこかの学校の冊子だった。
全寮制の高校の案内である。
彼も名前くらいは聞いたことのある高校だった。
「あの、これどういう意味?」
「実はね、猛には全寮制の学校への転校を勧めるつもりだったの」
「なぬ?」
「実のところ、撫子との関係を疑っていたから、帰ってきたのもあるし。こうなったら、強硬手段も選択肢のうちかなぁって」
「なんでそうなる!?」
「……そんな必要なくてよかったわ」
「兄妹の関係を疑う前にまず話し合おうよ! いきなりすぎでしょ!?」
やることが極端すぎて驚くしかない。
――強硬手段が半端なさすぎるわ!?
想像はしていたが、まさかこんな事態になるとは……。
「話し合いで解決できるのならいくらでもするわ」
「……て、転校とかしませんよ?」
「もちろん、これは最後の手段のつもりだったのよ」
「最終手段でも容赦なさすぎだ」
「これはね、貴方達がいけない関係に足を踏み入れてしまっていたの場合を考えてたの。何も心配しなくてよかった。安心して帰れるわ」
母の一言にそれまで黙りこんでいた撫子が眉をひそめて、反応する。
「心配がなくなった、と言うのはどういう意味でしょう?」
「あぁ、それはね、猛に“恋人”ができたから」
「――!」
「よかった。もう心配はなさそう」
彼女は何がそんなに嬉しいのか、かなり喜んでいる。
猛はと言えば「やめてくれ」と叫びたくなる。
案の定、不機嫌な様子を撫子は態度で示す。
「お母様。冗談がすぎますよ」
「冗談? 別に冗談なんて言ったつもりはないわ」
「……兄さんに恋人がいるなんて冗談はやめてください」
真顔の撫子が厳しい口調で責める。
「だって、仲よさそうに遊んでいたじゃない」
「そ、それはですね……」
「何よ、あの子のことを気に入ってるんじゃないの? 猛も満更ではないでしょ?」
「兄さん? そんなに仲のいい人がいるなんて私は聞いてませんよ?」
明らかな不機嫌顔で彼を睨んでくる妹。
――やべぇ、撫子がまた不機嫌になった。
可愛い妹だが怒ると怖い。
そして、追及されるとかなりしつこくて滅入る。
「今日、偶然にも猛が女の子と一緒にデートしてる所を見たのよ」
「……あらぁ、おかしいですねぇ。私には友人と遊びに行くと聞いてましたが」
「それくらいの言い訳をすることは普通でしょう」
「兄さん。私に嘘をつきました?」
ちらっと横目で見られるが、彼は怖くて顔を俯かせた。
この状況で撫子を直視などできるはずもない。
――迂闊に下手なことを言えば、俺の人生が詰まされる。
ここから先は発言ひとつが命取りになる。
そんな空気を無視するように優子は撫子を挑発し続ける。
「ひと安心できて本当に良かった。兄妹で恋愛関係なんて、おかしな展開にもならずにすみそうね。お母さんはホントにそれだけが心配だったのよ」
「何言ってるんですか? 私と兄さんの愛はもうすでに来世まで続く予定なんです。それを他人に譲るわけがありません」
「はいはい、撫子はそう信じたいだけよね」
「兄さん! さっさと否定してください」
まずはデートが家族バレした事を悲しみたい。
だが、家族は猛に悲しむ猶予すら与えてくれない。
「兄さん? 聞こえませんでしたか?」
「え、えっと、あのですね」
「今、お母様の発言をすべて否定してください」
「撫子。現実っていうのは、貴方の思い通りにならないことも多々あるの」
「思い通りにいかせるのは自分次第でしょう」
「残念だけど、諦めなさい。貴方も綺麗な子なんだから、すぐ誰かに巡り合えるわ」
「お母様には聞いていません。私は兄さんに聞いてるんですよ」
口調は穏やかながらも、言ってる事はかなり厳しい。
「兄さん、質問です。恋人とデートをなさっていたんですか?」
そして、表情も不機嫌を隠そうとしない。
静かな怒りは爆発寸前。
どこにも、逃げ場はどこにもなく彼は小さな声で、
「で、デートはしてました」
「――!」
「ほら、見なさい。猛は認めたわよ」
「黙っていてください、お母様。……兄さん。私を裏切るおつもりですか?」
ショックを受ける撫子は顔を青ざめさせながら、鋭い瞳をこちらに向けた。
「裏切るつもりなんですか? 答えなさい」
殺気めいた敵意を感じて、猛はちびりそうだ。
冷え切っていく室内、冷や汗をかきながら言葉を放つ。
「ち、違うんだ、俺には恋人なんていない。あの子はただの後輩の子で、遊びに誘われてただけで、恋人ではありません」
「……恋人ではない、と。では、もう一度大きな声でお願いします」
「恋人とは違うんです。付き合ってもなく、ただ楽しく遊んでただけなんです」
肩を落として、凹みながら彼はそう答えるしかなかった。
――ボロボロだ。俺、泣きそうだ。
妹に責められて、家族の前でうなだれるしかない無様な姿。
猛の言葉を聞いて撫子は笑みを浮かべて見せる。
「うふふ。兄さんは素直でいいです」
「ぐふっ……俺はもう消えてしまいたい」
「お母様。これが真実です。すぐに勘違いしてしまうのは悪い癖ですよ」
「えー、勘違いじゃないでしょう」
「いえいえ、兄さんに恋人なんていません、この事実をねじまけてはいけませんよ? 真実はひとつしかないんです」
「こっちゃんと仲がよさそうだったのに。さっさと付き合っちゃえば?」
「安易な考えで子供に恋愛をすすめないでください。お母様、発言が軽率ですよ」
撫子の怒りは未だに彼に恋愛をすすめる母の方へ。
最近、互いに不満気味だった両者がついにぶつかる。
「撫子も撫子よ。良い機会だからはっきりと言うけども、お兄ちゃん離れしなさい」
「兄離れなんてする必要はありません」
「なんで? もういい年齢でしょう?」
「兄さんとはこれからも同じ時間を過ごしていきます。その邪魔は誰にもできませんし、させるつもりもありません」
びしっと言い切る撫子は母相手にもひるまない。
「邪魔するなら相手が誰であろうとも戦うつもりです」
「……兄妹の仲がいいのはいいことよ。だけど、物事には限度があるでしょう」
「限度も何も、私と兄さんにあるのは家族愛ではなく、愛情です」
「それが限度を超えてるって言ってるの!?」
「一人の男と女として愛しあう、ごく自然な流れの何が悪いと言うのですか?」
言葉は丁寧でも、撫子も負けずに対抗する。
一歩も引かない、緊張感がリビングにただよう。
「兄と妹の恋愛関係を認める親がどこにいるの?」
「お父様ですね。私たちの関係を認めてくれてますよ」
「あれは単純に娘に甘いだけです! 本気で認めてはないから」
「ふふっ。私の用意している結婚届にサインもくれてますよ」
「……帰ったら、撫子の件でお話をしておく必要がありそうね」
――父さん、関係ないのに怒られる雰囲気が……。すみません。
とばっちりをくらってしまった父親を心配する。
分かり合えないもの同士、睨み合いが続く。
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