第46話:本当に付き合っちゃえばいいのに
「――こんな気持ちを、人は運命の恋って呼ぶんだよ」
カラオケルームに響く、恋乙女の可憐な声。
彼女が猛を連れてきたのはカラオケだった。
最近、人気のアイドルグループの歌で、すごく上手だった。
あまりカラオケなど来ない彼でも聞いてるだけで楽しめている。
――声色も音程もいい。聞いていてすごく気持ちがいいな。
曲を歌い終わると、彼女は「どう?」と反応を確かめる。
「すごくよかったよ。恋乙女ちゃんは歌が上手だな」
「よかった。歌を歌うのは好きでよく来るから」
「可愛いし、歌もうまいなら、アイドルとか向いてるんじゃない?」
何気なくそう言うと彼女は嫌そうな顔をする。
どうやら、それはそれで何かあった様子だ。
「それは無理かな。ああいう世界、ちょっと自分に向いてないと思うもん」
「そうなんだ?」
「浮き沈みの激しい大変な世界だからねぇ。私の好みじゃないんだ」
ビジュアルもいいし、人気でそうだと思うのは安易な考えなのだろうか。
そこにはちゃんとした理由もある。
「実は、私の友達がアイドルなんだ」
「え? そうなの?」
「一応、芸能界に入ってます。地下アイドルみたいに、まだまだアイドルグループとしてもマイナーレベルなんだけどさ」
「へぇ、アイドル活動を頑張ってるんだ」
「でもね、少し人気でたら喜んで、人気がなかったら落ち込んで。ファンの反応に一喜一憂して、現実に凹まされたりしてるの」
恋乙女は猛に携帯を見せると、友達の写真を見せてくれる。
とても綺麗な女の子が他の子達と横ピースのポーズで写ってる。
「傍で必死に頑張ってる彼女をみてると、芸能界って大変だなって思うよ」
「芸能界も生き残りが厳しい世界だって聞く」
「うん。可愛いだけのアイドルも、歌ができるだけのアイドルも山ほどいる世界だから。そこで生き残るのは他人が思うよりもはるかに辛くて大変なんだ」
「……見た目よりも華やかな世界ではないということか」
「そういうこと。そして、私にはそんな覚悟もないしねぇ」
苦笑いをしつつも、どこか自慢げに、
「こうみえて、その子の事務所からお誘いはあったんだよ?」
「そりゃ、すごいじゃないか」
「でも、断っちゃった。自由な時間が減るのも嫌だもん」
「もったいなくない?」
「歌も好きだけど、カラオケでこうして皆と楽しんでるだけでいいし」
彼女らしい理由で断ったようだ。
にこやかに笑って答える彼女は、
「アイドル扱いされるのは楽しそうだけどね。いぇーい」
アイドルのようにマイクを片手にポーズをとる。
さり気にアイドルにスカウトにもあった事があるらしい。
――これだけ可愛い子ならそれも当然と言えば当然のことだろう。
アイドルになっても彼女なら平気でやっていけそうな気もする。
人間には向き不向きがある。
彼女は人から愛されることに向いていると猛は思った。
「それに、私はたくさんの人に恋されるより、たったひとりの好きな人に愛されたいタイプだから。下心なし、真心あり。私はそういう女の子です」
「一途なタイプだな」
「覚えておいてね、たっくんっ」
恋は下心、愛は真心。
彼女は恋する事より愛することを選ぶらしい。
「覚えておくよ。知らない間に恋乙女ちゃんもすっかり女の子だな」
「当たり前じゃない。私だって成長してます」
「ホントだね」
「女の子の心を弄ぶようになった幼馴染のお兄さんとは違う方向で成長中だよ」
「……言わないでくれ。地味に傷ついてるからさ」
淡雪も余計なことを言い過ぎた。
――誤解されたままですよ、淡雪さん。
爆弾発言が後を引いてしまい、悲しい猛であった。
がっくりとうなだれながらも、彼らはカラオケを楽しむ。
彼女は再びマイクを持ちながら、
「こういう密室で男の人とふたりっきりになるのはたっくんが初めてだよ」
「そりゃ、どうも」
「たっくんは、私の特別な人だもん」
恋乙女は猛を見つめて甘く囁く。
特別扱いしているとさり気に告げる。
そう言う仕草は男にとってたまらないものだと自覚はあるのだろうか。
「たっくんも歌おうよ。ほら、たっくんの歌が聞きたいっ」
「……これとかどうだろうか。恋乙女ちゃんは知らないかなぁ」
「名前だけ知ってる渋い人だぁ。でも、男の人が好きな歌手だよね?」
適当に猛もカラオケを歌ったけども、後半は恋乙女の歌に聞き惚れていた。
やっぱり、歌が上手いことカラオケに行くと楽しいものだ。
カラオケで後輩と思う存分に楽しんだ、放課後デートになりました。
「今日はすっごく楽しめたよ。たっくん」
「俺も普段はあんまりカラオケとか行かないけど、満足してる」
改めて連絡先を交換して、彼女を駅前まで送り届けていた。
恋乙女は電車通学でここから2駅ほど先の町に住んでいるらしい。
「たっくん、気軽に連絡してもいいタイプ?」
「ご自由にどうぞ。いつでも待ってるよ」
「ふふっ。それ、誰にでも言ってたら、たっくんはホントに悪い人かもねぇ」
「そこまで軽い男じゃないよ? 信じて欲しいな」
笑いあいながら、彼女と別れようとしていた時だった。
「――あら、猛じゃない?」
「え?」
振り向くと、駅の改札口から偶然にもよく知る相手が出てくる。
「……あらあら。撫子以外にちゃんと仲良くしてる女の子がいるじゃない」
「な、なにを?」
「うふふ。この子も意外と隅におけないわ」
そして、ふたりを見るや、驚いた様子の女性。
猛の母親、優子がそこにいた。
「か、母さん。なんでここに?」
「たまには家に帰ってくるわよ。それよりも、可愛い女の子とデート中?」
「い、いや、これは……」
言い訳を考えるが思いつかず。
すぐに紹介する方向で、勘違いをやめさせようと方針転換。
「そうだ、母さん。昔、俺の家に遊びに来てた花咲恋乙女ちゃんだよ」
「花咲、恋乙女……」
「今、同じ高校に通っているんだ。最近、再会したんだ。母さんは覚えてる?」
「あらぁ、こっちゃんなの!? 当然、覚えてるわよ。小学生の頃以来よね、久しぶりじゃない。こっちに戻ってきていたの」
「えへへっ。どうもです。おばさんも相変わらず美人さんですねぇ」
「ふふっ。ありがとう。そっかぁ、こっちゃんかぁ」
「懐かしいだろ?」
「撫子と同い年だったから、もう高校生なのね。とても可愛らしくなっちゃって」
目を細めるように母は猛と恋乙女の顔を見比べながら、
「もしかして、2人ってお付き合いとかしてるの?」
「してない。誤解だ。旧交を温めていただけさ」
「えー、誤解なの、たっくん? とか言ってみたり」
「ちょっ!?」
母の前で冗談めいて言うのはやめてほしい。
くすくすと笑う、恋乙女にからかわられている。
――淡雪さんも恋乙女ちゃんも、俺をからかって遊ぶのはやめてよ。
猛の男心の方が女の子達に弄ばれていた。
「本当に付き合っちゃえばいいのに」
「なんで?」
「だって、猛に恋人ができるのは悲願だもの。お母さんは大賛成よ」
「賛成されてもなぁ」
「撫子とくっつくなんて不健全な関係だけは絶対に許さない」
真剣な眼差しに飲まれる。
「……そこに話を持っていきますか。そちらも誤解ですよ」
「分かってるの? 何度も言うけど、あの子は妹なんだからね?」
「あの、そんな内容を人前で言うのはやめて?」
「お願いだからお母さんを安心させて。だから、さっさと恋人を作りなさい」
――あのー、顔がマジですよ、お母様。
母の危機感は本当に深刻なものらしい。
プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、
「そうだね……恋人は早く欲しいね」
「できないのなら、私が誰かを紹介しましょうか? 早く作って安心させて」
「だ、大丈夫。自分で探してみせますので、はい……」
妙なプレッシャーを感じつつ、猛は何とかこの場を乗り切ろうと必死だ。
そんな親子を恋乙女は「大変そう」と微笑ましく見ているのだった。
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