第43話:誰にでもモテ期ってあるらしいよ?

   

 なんとか渡り廊下に出ると、少女は「迷惑だった?」と微苦笑する。

 

「……夜道に気を付けようと心がける程度にはね」

「あはは。人気ものは辛いんだねぇ」


 違う意味で誤解されてしまった。

 猛が人気だという意味ではない。


――実際は笑うどころではない問題なのだが。


 今、教室に戻ったら袋叩きにあいそうだ。

 それほどに怒りと悲しみが渦巻いている。


「そういや、うちのクラスの奴がキミの事を『恋する乙女』って呼び方をしてたけども、どういう意味? 誰かに恋愛してるのか?」

 

 そう言うと彼女は「違う、違う」と否定しながら笑ってみせる。

 

「それは私の名前からきてるあだ名だよ」

「あだ名?」

「そう言えば、私の名前を言ってなかったね。私は花咲恋乙女|(はなさき ことめ)。恋する乙女と書いて、ことめって読むの」

 

 “恋乙女”で“ことめ”。

 大和撫子と全く引けを取らない、キラキラネームだ。

 

「恋する乙女。なるほど、恋乙女ちゃんって名前から来てたんだ」

「そう言うこと。別に名前通りに常に恋してるわけじゃないんだけど、そういうあだ名をつけられてるの」

「なるほどなぁ」

「でも、嫌いじゃないよ。恋するって感情は大事だもんね。自分の名前が好きなんだ」

「良い名前だと思うよ……あれ、ちょっと待って。コトメ?」

 

 ふと、口にしたその名前に憶えがあった。

 

――いや、ただの偶然かもしれないけども……もしかして?

 

「あ、あのさ、恋乙女ちゃんって……昔、俺と会ったことがない?」

「私、口説かれてる?」

「ち、違う。そういう意味ではなくて」


 彼が慌てると、面白がる恋乙女は「冗談」と笑みをみせながら、


「ふふっ。やっと気づいてくれた? そうだよ、私だよ。たっくん♪」

「やっぱりそうか! あの恋乙女ちゃんかぁ」

 

 素直にその再会に驚いた。

 子供の頃の話である。

 猛の家にはよく母の友人の子供たちが遊びに来ていたのだ。

 その中でも母の親友の娘であった恋乙女は一つ年下ながらも、幼稚園くらいからよく家に来ては一緒に遊んでいた。

 幼馴染と呼んでもいい仲のいい関係。

 ただし、小学校の低学年くらいに、彼女の父親の都合で転校してしまって以来、疎遠気味になっていたのだ。

 

「またこうして会えるなんて。いつのまにか、こっちに戻ってきたんだ?」

「そうだよ。パパのお仕事の関係でね、2年くらい前にようやく戻ってこれたんだ。まさか、たっくんと同じ学校だったなんて知らなかった」

「俺もだよ。連絡を取り合っていなかっただけに驚いた」

「保健の先生に名前を聞いたときにはびっくりしたなぁ。同姓同名かなって思ったけども、さすがに大和猛なんて名前はそうそういないだろうし」

「それもそうだ。俺は花咲って言われたときにピンとこなくてさぁ」

「普段から名前で呼んでたものね。びっくりしたけど、また会えてよかったよ」

 

 にっこりとほほ笑む彼女。

 人を元気にする明るい雰囲気。

 それは記憶の中にある彼女と何も変わっていない。

 改めて握手しあって、互いの再会を喜び合う。

 

「たっくんも最初に会った時は全然分からなかった」

「俺も恋乙女ちゃんって思わなくてさ」

「身長もずいぶんと高くなってるし、顔つきも大人っぽくなってカッコいい」

「恋乙女ちゃんには、面影があるかな。ホント、可愛くなった」

「ありがと。そうだ、今もたっくんって自然に呼んでるけど、先輩って呼んだ方がいいのかな? 年上なんだし、昔のままじゃダメかな」

「別に恋乙女ちゃんの好きにしていいよ」

「それじゃ、たっくんでいい? 私にとっては呼びなれてるし」


 今さら呼び名を変えられるのも寂しい。

 幼馴染には自然体でいてもらいたい。

 

「そうだ、たっくんの名前を聞いたときに私、いろんな人に話を聞いたの。たっくんって、一年生からすごく人気らしいよ。憧れてる子、いっぱいるんだって」

「……そうなのか。変な噂とかない?」

「変な噂? 知らないなぁ。私が聞いてるのは、たっくんみたいなカッコいいお兄さんが欲しい、とかそういう話をしてたよ」

 

――朗報です、俺の青春はまだ生きていた!

 

 ただし、年下の1年生限定ではあるが。

 

「撫子ちゃんも元気にしてる? クラスが違うからまだ会えてないの」

「元気だよ」

「そっかぁ。すごい美人になってるでしょ。男子から難攻不落の美少女だって、言われてたっけ。噂だと告白しても、断られる率が100%なんだって」

 

 当然ながら撫子は告白される事が多いらしい。

 入学してから週に数回ペースだって本人が言っていた。

 

「あー。まぁ、うちの妹は恋愛に興味がないんで」

「ふーん。私でも、興味だけはあるのになぁ」

「と言う事にしておいてください」

 

 どうやら『兄さんが好きだから、お付き合いはできません』というのが断り文句らしく、常に猛の敵は増え続けてる。

 

――初対面の相手から廊下ですれ違いざまに舌打ちされるとか、平気であるから!

 

 猛の知らない所で、他人の恨みを買う事もある。

 妹がブラコンなどの事情はどうやら、撫子と直接対面のない彼女は知らないようだ。

 なので、そのままでいてほしい。

 

「そう言う、たっくんも難攻不落だって?」

「はい?」

「何でも、去年のバレンタイデーに女の子達が20人くらい告白して、全員ダメだったって伝説もあるくらいだって。すごいじゃん」

「……人生で一度くらいは、誰にでもモテ期ってあるらしいよ?」

 

 どこか他人事のように言う彼だった。

 なぜならすべては過去だからである。

 今は『私が大和君に告白した過去を消したい』と女子に嘆かれ、泣きたい気分だ。


――シスコン疑惑、早く消えてくれないかなぁ。

 

 いろんな意味で気の重い日常を過ごしている。


「それだけ断ったって事は、本命の子がいたの?」

「まぁね。遊びで恋愛できるほど、器用じゃないからさ。お断りさせてもらいました」

「それじゃ、しょうがないよね。だけど、そう言う場合って大抵、本気の恋の方は報われないんだよ。本命には想いが中々届かないのがセオリーだもん」

 

 彼は「そう言うものだよな」と頷いておく。

 恋乙女と話をしていると、渡り廊下を前から人が歩いてく。

 すれ違った相手は淡雪だ、これから帰りだろうか。

 

「……あら、猛クンじゃない? 今日はいつもと違う女の子なのね?」

「なぬ?」

「今度は誰かしら。後輩の子狙いだったり? あまり年下はよろしくないわよ」

「まるで俺が毎日、とっかえひっかえ、相手を変えてるような台詞はやめてくれ」

 

 変な誤解をされたらどうする。

 淡雪は自分の口元を指先で触れながら微笑する。

 

「だって、本当のことでしょう?」

「違います」

「ふふっ。キミも隅に置けないじゃない。人気のない場所で可愛い子と仲良くして」

「……ちょっとしたお話してるだけの関係ですよ。他意はありません」

「ホントかしら。妹さんには黙っておいてあげた方がよさそうね?」

 

 軽く笑いながら、彼女は恋乙女に言うのだ。

 

「……キミも悪いお兄さんに騙されないように気をつけてね。このお兄さん、悪意もなさそう顔なのに結構ひどいわよ?」

「さらっと猛を悪人扱いするのはやめて? マジでやめて?」


――もしや、ホントにそう思われてる?


 自分の知らないところで人から変な印象を持たれているかもしれない。


「だって、好意もないのに女の子をその気にさせちゃう悪い男の子だもの」

「そ、そんなことはないぞ?」

「優しさを武器に今まで、そうやって、純粋な乙女心をたくさん傷つけてきたんだから。否定できないでしょ? また悲しい想いをさせる女の子を作る気かしら」

 

 女子に告白されて断った経験は数知れず。

 その分、誰かの心を傷つけてしまった申し訳なさはある。

 

――さすがに妹の撫子が好きなんだなんて言えるわけもないしな。

 

 色っぽい唇を尖らせながら淡雪はどこか拗ねた口調で、

 

「……私もキミに本気にさせられて騙されたうちのひとりだし」

「そ、そんな真似はしてません」

「ひどい。猛クンにとって、私の心は弄んでただけなの? 淡い乙女の純情をからかい半分で遊ばれてたんだ、私。悲しいわ」

「今、からかってるのは淡雪さんでしょうが」

 

 淡雪はからかうだけからかって、


「ふふっ、また明日ね」


 そのまま、玄関口の方へと歩いて行ってしまう。

 

「ちょっとドキッとさせられてしまったではないか……」


 彼女とはいろいろとあっただけに、言葉の重みが違う。

 

――あっ。でも、誤解だけは解いていってほしかった。


 残されたのは爆弾発言のみ。

 自分がいかにひどい女ったらしかという誤解をされかねない。

 久々に再会した幼馴染から白い目で見られたくはない。


「……今の女の子の話は全部、冗談だから。俺、悪人じゃないからね? 誤解しないようにお願いします。何もひどい真似はしておりません」

「ねぇ、たっくん。今の人ってもしかして、元カノだったりする?」

 

 言い訳する猛をよそに、制服の袖を軽くひっぱりながら彼女は問う。

 

「は? いや、違うよ。付き合ってはない。ただの友達だ」

「……ふーん。でも、あの人、私相手に嫉妬してたのかも?」

「嫉妬? なんで?」

「そんな感じがしたよ。たっくんも罪作りな人だね?」

 

 恋乙女の言葉に猛は「え?」と淡雪の立ち去る後姿を見つめる。

 

「んー。仲のいい相手が自分以外の相手と仲良くするのは嫌でしょ?」

「まぁね?」

「私には微妙な乙女心が垣間見えた気がする」

「そーいうものでしょうか」

「そーいうものなの。私は彼女の事を知らないけども、たっくんはもっと女の子の気持ちを理解してあげてね? そういうの苦手そうだし」

 

 年下の女の子から「彼女が可哀想だよ」と言われてしまった。

 その忠告、ありがたく受け取っておく。

 

「で、たっくん」

「なんでしょうか」

「話は戻るけども、たくさんの乙女心を傷つけてきたの? 悪い人だなぁ」

「……俺、不器用なんです」

 

 現実逃避でそう呟くことしか彼にはできなかった。


――女子の気持ちに疎い、ダメな奴なんですよ。


 真摯に反省する姿勢を見せる猛であった。

 

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