第12話:貴方は秘密を知っているんですか?

 

 撫子が入学してまもなく1ヵ月が経とうとしている。

 新しくまだ完全には馴染めていないクラス。

 この雰囲気に慣れるのは少し時間がかかりそうだ。

 

「なぁ、隣のクラスの花咲って子を見たか?]

「噂には聞いてたが、かなりレベルが高いぞ」

「見た、見た。あれは美少女だったなぁ。ファンも多いらしい」

「うちのクラスの撫子ちゃんもかなりだけど、あの子もいいよな」

「恋する乙女って書いて“ことめ”って名前なんだが、名前通り可愛い子だよ」

 

 クラスメイトの男子達が隣のクラスの子の噂をしている。

 どうやら、ずいぶんと人気の子らしい。

 

「コトメさん。……おばあさんみたいなお名前。ふふっ」

 

 思わず、失礼ながら笑ってしまった。

 撫子もそうだが、今どきの個性的な人の名前は面白い。


「ホント、人ってうわさが好きね。噂と言えば、私も気になる噂があるけど」


 教室の席に座りながらある考え事をしていた。

 猛には特別に近しい女の子がいるらしい。

 それは本当のことなんだろうか。

 

「どうせ、直接、本人に尋ねてもはぐらかされてしまうんだろうし」


 ここは確実な証拠を押さえて突きつけなくてはいけない。

 昼休憩の校内を歩きながら撫子は情報を取集し始めることにした。

 幸いにもこの学校には顔見知りの先輩や知り合いがいる。

 適当に何人かの先輩に聞いていると、ある一人の女の子の名前が出てきた。

 

「大和君の恋人? そういや、噂で聞いたことがあったねぇ」

「どなたか知ってます?」

「前に見た時、恋人っぽい相手と連れ添っていたわ。あの子は須藤さんじゃないかな」

「須藤さん? お名前は?」

「淡雪って名前よ。淡い雪って書いて淡雪。和風な名前よね」


 須藤淡雪|(すどう あわゆき)。

 それが猛と噂になっている女性の名前だ。


「……淡雪先輩。その方はどういう人なんでしょう?」


 撫子の知らない猛の交友関係。

 それがどんなものなのかを彼女は知りたかった。


「この学校でも有名なお嬢様で、誰からも好かれてる子だよ」

「彼女と兄さんが特別な関係だったと?」

「一時期、噂になってたもの。でも、今は噂はそんなに聞かなくなったなぁ」

 

 名前に心当たりはない。

 

――私の知らない相手と兄さんが付き合っていた? 

 

 実際、隠れて交際している雰囲気もなかったわけではない。

 去年は高校受験もあったために、撫子のマークも緩かった。

 そのせいで、もしかしたら交際していたと言われても分からないのだ。


――思えば、兄さんがとても楽しそうだったような。


 それが別の女性との交際だったというのならば。


「許せないな」

 

 湧き上がってくる怒りを抑えられそうにはない。


「須藤さんのクラスは分かります?」

「あの子、大和君と今年も同じクラスだよ。去年もそうだったはず。去年の夏前くらいに熱愛の噂が出て、盛り上がったのを覚えているもの」


 まさに灯台下暗し。

 すでに彼女と会っていたかもしれない。


「ありがとうございました、先輩」


 先輩にお礼を言って別れて、すぐさま、猛の教室を訪れてみることにする。

 だが、あいにくとクラスには猛も優雨達もいない。

 近くにいた男の人に聞いてみるが、

 

「撫子ちゃん。残念だけど、大和の奴ならいないぜ?」

「まだ教室には戻ってきてないよ」


 教室の中を見渡してみるけども、噂になってるような人は見当たらない。


「あの、皆さんに質問してもいいでしょうか?」

「なんのこと?」

「兄さんがどなたかと交際していたという噂を耳にしました。その件について何か知っている人はいませんか? どんな些細な事でもいいんですが」


 撫子の問いに、クラスはざわつく。


「大和の交際ってあれか?」

「都市伝説みたいな、ぼんやりとした噂があったよな」

「でもさ、実際は付き合ってたかどうかは不明だったんだ」

「怪しい関係だったのは事実だよ。あれは絶対に付き合っていたね」

「そうそう。あの当時、大和猛に恋人ができたって女子達が皆、落ち込んでたし」


 確認のために先ほど聞いた名前を聞いてみる。


「噂の相手は須藤淡雪というのでは?」

「あれ、知ってるんだ。そうだよ、須藤さん。彼女と噂の関係だった」

 

 話によると須藤家はいくつもの会社を経営する有名な家柄でお金持ち。

 本物のお嬢様であり、学校内での人気も高い人らしい。

 

「昼休憩とか、今の撫子ちゃんみたいに一緒に食事したり、仲良そうにしてたよ」

「あんな美人と付き合えるなんて羨ましいぞ。ホント妬ましい」

「おのれ、大和め。猛もイケメンに生まれたかった」

「当時、『付き合ってるのか?』って聞いても、ふたりとも否定はしなかったな」

「ただ、人前で堂々と交際してるわけじゃなかったけどな」


 当時のふたりは恋人みたいな雰囲気があった。

 だが、冬前に自然消滅したのか、何かあったらしく、ふたりとも距離を置き始めてしまい、そのくらいに破局したのではないかとの事だった。


「バレンタインデーの頃には反動でやけに大和の人気があがったからなぁ」

「フリーだと知った女の子達の目の色が変わったのを今でも覚えてる」

 

 一応、女の子の意見も聞きたくて淡雪についての話を聞いてみると、

 

「あー、須藤さんかぁ。癒し系って言うのかな。雰囲気が普通の人と違うよね」

「雰囲気ですか?」

「そう。人間って何となく持ってる雰囲気があるじゃない。彼女は内面が優しくて、すごく穏やかな人なんだよね。とても優しい雰囲気をしてるの」

「淡雪さんのことを悪く言う人って聞いたことがないなぁ」

「そうそう、お嬢様っぽい高飛車な感じも嫌みも全然ない」

「あれだけ良い子なら、嫌いな人はいないんじゃない?」

 

 見た目も美人で、優しくて、人柄もいい。

 そんな理想的で完璧な美少女が本当にいるのか、疑問だった。


「……そういえば、大和君と似てるかも」

「どういう意味でしょう?」

「持ってる雰囲気だよ。話していても、須藤さんって彼と似てるんだよね」

「分かる。あのふたりって、まとってる雰囲気がすごく似てるよ」

「雰囲気が似ている、ですか」

 

 雰囲気とは人の内面を表すものだ。

 誰もが好きになるような穏やかな雰囲気を淡雪が持っているとしたら、恋のライバルとしてはすごく厄介で邪魔な存在だ。

 

「撫子さんもきっと須藤さんに会ったら分かると思う」

「それほど似ていますか?」

「うん。雰囲気が似たもの同士、惹かれあったのかな。お似合いのふたりだよ」

 

 淡雪と猛の関係。

 しかし、情報をまとめても、噂以上のことを誰も知らず。

 真実に近づけそうにもなかった。

 八方ふさがり、手はないのかと諦めかけたその時だった。

 

「――そんなにお兄ちゃんの秘密を知りたいの?」

 

 それまで黙って話を聞いていた窓際の席に座っていた女子が撫子に近づいてくる。


「はい。貴方は秘密を知っているんですか?」

「うん。私、猛君とはお友達なのよ」

「貴方の名前は?」

「私? 私は美織(みおり)って言うの」

「美織さんですか」

 

 美織と名乗った女子は撫子に意味深めいた笑顔を見せた。

 どこか面白がっているようにも思えた。


「貴方のお兄ちゃんとも仲良くさせてもらってます」

「……それは兄さんの恋人だったわけですか?」

「まさかぁ。そこまで深い関係じゃないよ」

「では、どの程度の関係なのでしょう?」

「具体的に言うと、何度か一緒に遊びに行った程度の関係です。恋人じゃないもの」


 それでも十分な関係だと撫子は警戒する。

 彼女は猛と淡雪の関係について核心を突く情報を話し出す。


「私は淡雪とはずっと仲のいい友人で、何度も相談だってされてるわ」

「……では、噂ではなく真実を知っているのですか」

「他の誰よりも真実を知ってるよ。でも、ここじゃ何だから廊下の方へ行こうか」


 一目のあるところを避けたいと、美織は廊下へと連れ出す。


「以前から淡雪の悩みの種は彼がシスコン気味だったということでもあるの」

「……どういう意味です?」

「自分の好きな人が自分以外にラブな相手がいるのは面白くないでしょ?」

「そうですね」

「今の撫子さんのように。淡雪も同じ悩みを抱えてたわ」


 口癖のように「彼の妹好きが嫌なのよ」と愚痴っていたらしい。


「教えてあげるわ。猛君と淡雪は噂通りの関係だった」

「え?」

「冗談じゃなくてホントだよ。あのふたり、付き合ってたもの」

「……っ」


 きゅっと撫子は自分の唇をかみしめた。


「すっごく怖い顔してるね。悔しい? 妬ましい?」

「煽らないでください。私は今、自分の感情を制御できずにいます」

「それは大変だぁ。炎上させてしまうかもしれないけど、話を聞きたい?」

「……はい」


 不安からか声が震えてしまう。

 そして、美織の口から撫子の知らない猛と淡雪の関係が明かされる――。

 

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