第9話:真実だったらシスコン罪で捕まるよ



 その夜はなぜか眠れない夜だった。

 布団に入って、目をつむっても眠れないときがある。

 

「……兄さん、私です。今日は一緒に寝てもいいですか?」

 

 猛の部屋を訪れると彼も寝ようとしているところだった。

 

「どうした、眠れないのか」

「はい。兄さん、隣で寝てもいいですよね。ダメですか?」

 

 撫子の頼みに「そういう所は変わらないよな。いいよ」と彼は笑う。

 妹に甘えられて無下に断るわけもなく快諾する。

 照れながらも撫子を突き放すような真似はしない。

 

――優しい兄さんを私はいつだって頼りにしているの。


 彼にわざとらしく甘えてみるのも楽しい。

 ふたりは同じ布団に入り、横になると、互いの体温を感じる。

 

――この温もりが私に幸せと安心感を与えてくれるんだ。


 こうして同じ布団で寝るのも珍しいことではないけども、最近は少なくなった。

 

「兄さんは私に“異性”としての魅力を感じているんですよね」

「ぐふっ。い、いきなり何を言い出すんだ」

「だって、昔はよくこうして一緒に寝ていたじゃないですか」

「だったかな? 姉ちゃんも一緒だったような気が……」

「それをしなくなったのは、私に対して欲情してしまう可能性を考えてのことでしょう。大丈夫です、私は兄さんに襲われることを望んでいますから。さぁ、どうぞ」

「……あんまり変なことを言うと追い出すぞ」

 

 恥ずかしさから目をそむけてしまう。

 自分の過去の好意の愚かさと過ちに、悶絶しそうな猛であった。

 

「冗談です。話は変わりますが……兄さん。覚えていますか?」

「毎度のことながら、俺を苦悩と絶望の崖へと突き落とす台詞だな」

「ご心配せずとも今回はちゃんとした兄さんとの素敵な思い出の話です。兄さんと私、この部屋から流れ星を見た事があったでしょう?」

「それって、何年前だっけ? ずいぶんと昔な気がする」

 

 これは古い記憶を辿らなくてはいけない。

 

「私がまだ小学生の頃です。確か、私が9歳くらいでしょうか」

「よく覚えているな」

「はい。兄さんとの思い出はいつもこの私の胸の中に」

 

 自分の胸に手を当てながら思い出す。

 忘れたくない思い出。

 一緒のお布団の中で天井を見上げながら、

 

「この都会では星を見上げても、それほど綺麗ではありません。けれども、その日はどこからでも流れ星が見られると言うほどの規模の流星群で、兄さんと雅姉さんの3人でこの窓から流れ星を見上げていました」

「……そんなこともあったな。流星群、見た」

「少し冷える夏の夜、兄妹3人で仲良く布団にくるまりながらの天体観測。数十年に一度の大規模な流星群。あの日、私が見た無数の流れ星に願いを込めました」

 

 初めて見た流れ星の美しさは忘れられない。

 あの夜空にある願いを込めていた。

 

「……兄さんが私を愛してくれますように」

「小学生が愛を語るのか」

「語りますね。小さな頃から全力でラブでした。私、筋金入りのブラコンです」

「笑顔で言う事じゃないんだけども」

「そして兄さんはシスコンでした」

 

 彼は「否定はできないけどさぁ」と微笑する。

 

「あら、笑っていますね? なんだか余裕じゃないですか。あの日、お願いをしていたことを覚えていないのですか?」

「何でしたっけ」

「私と同じように兄さんもある願い事をしていたじゃないですか」

「……うーん。昔すぎて覚えてないな」

「ふふっ。兄さんの場合は恥ずかしいから覚えてないふりをしているだけの場合もあります。ですが、兄さん。私はちゃんと覚えているんですよ。どんな些細な事でも兄さんとの思い出を忘れる事はありません」

 

 体温を肌で感じながら撫子は思い出し笑いをする。

 

「兄さんは星にお願いしていました。『撫子と結婚できますように』と。だから、私は言ったんです。『お星様にお願いしなくても私はちゃんと兄さんのお嫁さんになりますよ』、と。素敵な兄妹愛だと思いませんか?」

「そ、それはねつ造だ!?」

 

 捏造ではなく、事実だというのに認めようとしない。

 その時点ですでに忘れていないというボロを出していた。

 

「いいえ。違います。この私を疑うのなら、姉さんに聞いてみてください。姉さんは私達よりも年上ですから、まだ覚えているはずですよ。『貴方達、兄妹だからね? 分かってる?』と幼い私達を呆れながらも諭していました」

「……それが真実だったらシスコン罪で捕まるよ」

「妹愛に罰則なんててありません。兄さんの愛の記憶ですねぇ」

 

 彼はというと、顔を赤くして「違う」と呟き続けてるだけ。

 どうやら封印していた記憶を思い出してしまったようだ。

 

「兄さんと結婚する夢を私はそれからずっと想い続けてきているんです」

「一途すぎる妹の愛が重いよ」

「この世界で重い事が美徳なのは“愛情”だけなんです」

「開き直る事じゃないから! 言葉に困る」

 

 そっと撫子の髪をくしゃっと撫でて誤魔化した。

 

「……今でも兄さんは私にその言葉を言ってくれますか? 」

「言いません」

「なるほど。誓いの言葉は結婚式でしかしない。兄さんの深い愛情、受け取りました」

「撫子はホントにポジティブだよな」

「当然です。人生とは楽しく生きることが最も大切なことなんです」

 

 彼女のポジティブ思考はすべて彼のせいともいえる。

 幼い頃から散々、愛情を注ぎこんできたのだから。

 

「かつて、兄さんは私に言いました。『撫子の笑顔は世界で一番可愛いから、僕はずっと傍で見ていたい』。その言葉通りに私はずっと兄さんの傍で微笑みます」

「ぬぐぉおお。過去の俺、頼むからこれ以上は今の俺を苦しめないでくれ」

「人は過去があって現在があるんですよ。なかったことにはできません」

「やめれ、やめてくれ……がはっ」

 

 自分自身の発言に苦しむ彼は布団の中で恥ずかしそうに悶絶する。

 

「私の人生には兄さんは必要なんです。見捨てないでくださいね? 私を裏切るような事があるのならば……分かっていますよね?」

「真顔で言うのはやめようか」

「これ以上は私に言葉に出して言わせないでください」

「何をするのかわからな過ぎて怖すぎるよ」

 

 撫子を裏切ったら許さない。

 その時は彼のすべてを壊す覚悟で、戦う覚悟もあった。

 

「兄さんはずっと私だけを愛して、見つめ続けてくれると信じています。妹の信頼を裏切る人でありませんよね?」

「その信頼は大切にしたいものだな」

「はい。例え、兄さんがどれあけ学校でモテていようとも、ある事ない事を吹聴し続けていれば、兄さんの身は破滅します」

「あることないしか言わないで欲しい」

「私を裏切ることなど考える事も許しません」

 

 腕枕してくれる手に触れるとビクッと反応をする。

 

「許しません」

「な、なぜに二回も言った? 」

「大切なことだからですよ」

 

 そう微笑んで言うと「気をつけます」と嘆きながら呟いた。

 

「でも、嘘はいけないと思うんだ」

「兄さんに素敵な嘘のつき方を教えましょう。嘘の中に少しの真実を入れればいいんです。バニラエッセンスのように少しだけが効くんです」

「香りづけがえらいことになりそうだが」

「物事を話す中で少しの真実が紛れていると、他人は嘘を嘘だと見抜けなくなる。そういうものなんですよ、兄さん?」

「俺の可愛い妹が何だか黒いよ。黒い撫子はみたくない」

 

 ぎゅっと彼の腕にしがみついて囁いてみせる。

 

「例えば、たった1枚の写真で兄さんを破滅に陥れることができます」

「……1枚の写真で?」

「えぇ。私の小さな頃の写真でも生徒手帳に挟んでおけば、兄さんは『ロリコン&シスコン』という不名誉な称号を与えられて、世間から冷たい目で見られるでしょう。簡単かつ、確実な方法ですよ」

「マジでやめて!? 俺の人生、詰んじゃうから」

「くすっ。兄さんの人生をどうにかしてしまうのは容易いんですよ」


 さすがに「冗談だよねぇ」と笑いかけてくる。

 その顔は薄暗くて見えないけども、きっと笑えていないはず。

 

「……うふふ、冗談ですよ。ホントにするとしたら、私が小さな頃にお風呂で遊んでいた時の裸の写真にでもしておきます」

「――ッ!?」

「現行犯逮捕されてもしょうがないですよね? 私は被害者面して周囲に助けを求めてしまえば、もうお終いです。さよなら、兄さん」

「俺の人生を確実に終わらせる気だ、この妹は……」


 そんな真似をされると人生が確実に詰んでしまう。


「俺は撫子を裏切りません。お願いだから俺の人生を奪わないで」

「それは兄さん次第ですが。私は兄さんから愛されていますよねぇ?」

「愛してるよ、妹としてね」

 

 ご機嫌になった私はそのまま彼に甘える。

 そっと腕枕されて、彼に抱きしめられた。

 

「兄さんに腕枕されたらいい夢が見れそうです。おやすみなさい、兄さん」

 

 ようやく眠気が襲い始めたので、私は抵抗せずに眠りにつく。

 

「おやすみ」

「そうだ、……兄さん、一つだけ言い忘れていました」

 

 兄さんの耳元にそっと私は愛をこめて囁く。

 

「私が寝てしまった後はどんな悪戯してもいいんですよ? 私が許可します」

「そんなことはしません。兄の理性を試さないでくれ」

「……恥ずかしがりな兄さん。どんな悪戯をされてしまうのかドキドキします。今日は良い夢を見られそうです」

 

 彼をからかいながらも、本当に悪戯される事を夢みる。

 もちろん、猛はそんなことをする人ではない。

 その信頼はあるけども、逆にそれが残念だったり。

 兄に寄り添いながら、久し振りに心地よい眠りについた。

 眠りに落ちる瞬間に彼女の耳に聞こえたのは、

 

「――撫子。夢の世界でならば、猛はキミを堂々と愛せるのに」

 

 それは寝落ち寸前の自分が都合のいい夢を見ていたのか。

 それとも、本当に彼が呟いていた言葉だったのか。

 眠りについてしまった撫子には分からない。

 ただ、大好きな人の傍で眠ったその夜は快眠で、いい夢を見られた。


――夢の世界でなんて言わないで、この現実世界でも愛してくれていいのに。


 撫子の愛に応えてくれる日が早く来て欲しい。

 受け入れ準備はとうの昔にできているのに。

 だけど、そんな恋する妹心を傷つける事件が起きようとしていた――。

 

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