第32話


 そしておれはクオンに移住した。そしてグランベリー勇者高等学院に編入して勇者見習いとなり、新たな生活のスタートを切った。

 当たり前だけど周りはクオン人ばかりで、地球人はおれだけだ。

 みんなは異世界人であるおれに、物珍しそうにじろじろと無遠慮な視線を向けてきた。そこまでは予想してたことだし、別に良かったんだけど、みんながおれを見ながら口々に囁く言葉が、おれをへこませた。

「セルフィさん、どうしてあんなブサイクな異世界人なんかのことを好きになったんだろう?」「ヴァニアス様からあんなブサイク異世界人に乗り換えるなんて、ほんと信じられないわ」「あんなブサイクに恋人を取られちゃったヴァニアス様が可哀想」「ヴァニアス先輩がセルフィさんをフッたのよ。それできっとセルフィさん、気がおかしくなっちゃったんだわ」「セルフィさん、異世界に行って、よくわからない病気にでも罹ったんじゃないかな?」「あのブ男異世界人が、異世界の魔術かなんかで、セルフィさんを洗脳してるんじゃないか?」「セルフィさん、あんなブサイクな奴と付き合ってて恥ずかしくないのかな? あ、そうかわかったぞ! ブレイブエナジーを効率よく溜めるために、敢えて一緒に歩いてたら恥ずかしい思いをするほどのブサイクと付き合ってるんだ! そうに違いない!」

 みんな言いたい放題だった。

 おれは自分がブサイクだと自覚してるけど、こうもボロクソに言われまくるとさすがに傷ついた。そして超絶美少女であるセルフィが、本当におれのことを好きなのか、段々と自信が無くなっていった。

 そんなある日のことだった。

 おれは学院の廊下を一人で歩いていた。そして廊下を曲がろうとした時、おれが向かおうとしていた先で、セルフィが十人以上もの男子生徒たちに取り囲まれている現場に遭遇した。

 おれは思わず廊下の角に身を引っ込めた。そして少し様子を窺うことにする。

 取り囲んでいる男子生徒たちはみな、ニヤニヤと笑っていた。

「おいセルフィ。お前の新しい恋人の悠人って奴、ブサイクじゃねえか。お前ブサイクには興味なかったんじゃないのか? どうせヴァニアス先輩にお前のその性格の悪さを見抜かれて、お前の方がヴァニアス先輩にフラれたんだろ?」

 男子生徒たちが揃って嘲笑する。

「それでイケメンにはもう懲り懲りってか! イケメンにフラれた反動で今度はブサイクと付き合うだなんて極端だな! お前がブサイクに興味持つようになったところで、おれたちはお前みたいな性格最悪女になんか、もう興味ないけどな」

 また男子生徒たちがセルフィを哄笑する。

 どうやら以前にセルフィにこっぴどくフラれた男子たちが、意趣返しをしているらしいな。

「ちょっと異世界に行ったら、異世界人の男を好きになるって、どんだけ尻軽なんだよ」

「あの悠人って奴も頭おかしいぜ。お前みたいな女のことを好きになるなんてな。地球人の男はお前みたいな毒舌女に罵られて興奮する変態男ってわけだ!」

 またしてもセルフィを嘲笑う男子生徒たち。

 今まで腕を組んで黙って聞いていたセルフィが口を開いた。

「わたしのことを悪く言うのは百歩譲って許せても、悠人を悪く言うのは聞き捨てならないわね。悠人はわたしが認めた良い男よ。見ず知らずのわたしに宿の提供をしてくれて、わたしのために恥ずかしい思いをしてまで、ブレイブエナジーを溜めてくれる優しい男なの。悠人はあんたたちとは違って、わたしに罵られても、わざわざわたしに嫌味を言って仕返しをしてくるような、器の小さいことはしないわ。それに悠人はわたしの内面を認めてくれた。わたしのこの美しい容姿に惹かれて寄ってたかってきただけの、表面的な魅力しか見ようとしないあんたたちとは違うの。好きな女のために自分の生活を全部捨てる覚悟を決められる度胸のある男なの。どうせあんたちにはできっこないでしょうけどね。つまり、悠人はあんたたちみたいなくだらない男とは違うってことよ!」

「なんだとてめえ!」

 男子生徒たちがセルフィに詰め寄った。

 喧嘩になりそうなのを見かねて、おれは廊下の角から出て行く。

「おいお前ら、男のくせに大所帯で女一人をいじめてんじゃねえぞ」

「悠人!」

 その場にいた全員がおれを振り返る。

「ちっ、行くぞ!」

 ラブレイバーのおれたちを相手にするのは分が悪いと踏んだのか、男子生徒たちはすぐに引き下がり、立ち去っていった。

 おれはセルフィに顔を向けた。

「大丈夫か?」

 顔を赤くしたセルフィが狼狽する。

「あ、あんたいつからそこにいたのよ!」

「『お前の方がヴァニアス先輩にフラれたんだろ?』くらいからだったと思うけど」

 セルフィが更に顔を赤くする。

 おれも今までの人生で、これほどまでに褒めちぎられた経験がなかったから、かなり照れていた。しかもあんなに熱の篭った言い方だったもんだから、セルフィの言葉を聞いたおれは、心にグッと込み上げてくるものを感じていた。もう周囲の奴等の適当な憶測や陰口なんか、どうでもよくなった。なんとでも言いやがれってんだ。なにせセルフィはおれにベタ惚れなんだからな!

「お前、そんなにおれのことが好きだったんだな」

 おれは今まで三次元での恋愛をしたことが一度もなかった。そんなおれでも、今のこの場面で取るべき行動ぐらいわかる。

 おれは両手を大きく広げてみせた。

「ほら、こっちこいよ。抱きしめてやるから。なんならキスしてやってもいいんだぜ」

 クサイ台詞を言う時は、恥ずかしがっちゃいけない。堂々と、できるだけ格好良く決めるべきだ。

 ここはキザで良いはずだ。おれは白い歯がキラリと光るような爽やかな笑顔を浮かべた。

 決まった!

 そうおれは確信した。セルフィがおれの胸に喜んで飛び込んでくる様子が頭の中に思い描かれる。

 しかし、両手を広げたまま待っているのに、セルフィはおれの胸に飛び込んで来ない。どうやら照れているらしい。

「照れなくてもいいんだぜ。だっておれたち恋人同士だろ? ほら照れてないで早く来いよ。お前が満足するまでぎゅーってしてやるから」

 あれ? なんかセルフィの肩がわなわなと震えてるぞ。どうしたんだろ?

 セルフィが震える手でブレイブウォッチに触れる。そして現れた杖を握りしめ、空中に白く光る壁を出現させた。なんだか見覚えがある魔法だった。

 それって、もしかして……。

 セルフィがおれの背後に回り込み、自分と白く光る壁との間に、おれのことを挟みこんだ。そして唸るような低い声を出す。

「あんたなんか……!」

「おいまさか……。やめろ! 落ち着け! 理由もなく異世界に転移することは法律で禁止されてるんだろ!?」

 ビッキーに向かってセルフィが、思いっきりおれを蹴り飛ばす。

「あんたなんか地球に帰れー!」

 おれの体は、白い光の壁の中に吸い込まれていった。

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コンビニのレジにエロ本を持っていってレンジでチンしてくださいと言える奴のことを、勇者と呼ぶのではないでしょうか? 雪月風花 @yukizuki

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