第96話 リョウちゃん、独演会を見せられる。

「ちょっと待て。お前の嫁だか妹だかって、娘と一緒に殺されたって………」


 リョウはその犯人を別の地獄で焼肉の刑にした。


「覚えていますか? は何何奚処という刑場を」


 東雲の瞳はどこか薄く青色に仄かな光を蓄えているように見える。


 地獄に落ちて初めてリョウは「不気味だ」と感じた。


 人間の瞳が輝いているのが不気味なのではない。


 東雲の、ぼぅっと輝いている瞳の形が笑っているようにみえるから不気味なのだ。


「かかけいしょ………なんだったっけ」


 そうとぼけて空気をごまかすのがリョウにできる精一杯の抵抗だった。


「兄弟姉妹を相手に性行為を行ったら堕ちる地獄ですよ」


「ああ、そんなところがあったな」


「そこでお話しましたよね。生き別れで離ればなれになっていた兄妹が、知らずに恋に落ち、ことに至るという事例もあると。私と妻は血の繋がった兄妹だったと結婚する時に判明しましてね。気がついたときには後の祭りですよ」


「お、おう」


「そして涙火出処るいかしゅっしょ。禁を犯した尼僧と性行為を行った者が堕ちる地獄でも説明しましたよね。そこは禁を犯した尼僧と者、つまり男のほうが堕ちる地獄で、尼僧はどこに行くんでしょうね、と────ここでした」


 東雲は木乃伊の手を振ってみせた。


「政を陰陽師の力で占うという、時の政権を裏から支える巫女のような存在でもあった彼女は、ある時、占いを大外ししましてね。まぁそれもわざとというか、そうするように仕組まれたというか、なにか大人の汚い政治の力が働いたと想像してください」


「はぁ」


「それで多くの人々を不幸にしました。彼女の占いによって日本は戦争を始め、そして勝利を占ったはずなのに負けました」


「え、それって第二次世界大戦!?」


「そうですね」


「そうですねって………なんちゅうことを………」


「まぁ聽いてください。彼女は若くして引退し、普通の人としての生活をやっと……やっと過ごそうとしていた矢先に私と出会い、恋に落ち、結ばれ、娘を生み、そして実の兄弟であると知らされ………それでもいいと彼女は言いましたよ。それまでの半生があまりに過酷な地獄だったせいでしょう。私といるときが今までの人生の中で一番幸せだと言ってくれました。そんな彼女が愛おしく、娘も可愛く………それが狂人のせいで全て破壊されたんです」


 木乃伊の髪の毛も抜け落ちてしまった頭に口づけする東雲の瞳は、狂気に近いなにかを放っていた。


「私は彼女が死んで浮かばれることを祈りましたよ。これまでの人生がつらすぎたんだからきっと天国に行くだろうって。ところがどっこい地獄に堕ちてたんですよ。このクソッタレなどうでもいい仕組みの地獄に」


「………」


「彼女としては、自分も悪いことをしてきたという罪の意識があったので地獄に落ちることは致し方ないと思っていました。無論、自分を苦しめてきた人間たちがここで苦しんでいることも前提に、ね。ところが今の地獄の過保護っぷりに彼女は愕然とするわけです。彼女を散々苛めてきた連中が悠々自適に暮らしている地獄なんて………そりゃあ憤りますよね」


「………」


「そして私が呼ばれました」


「呼ばれた!?」


「妹は亡者になっても陰陽師の力を失わなかったんです。その力を使って人の世から私を地獄に召喚、いや転生させました───獄卒長の体に、私の魂を、ね」


 東雲はにへらと笑っているように見えた。


 他の獄卒たちが東雲を恐れていた理由は「獄卒長」だったからか。


 そんな東雲の顔を見ながら、リョウはここまでに聞かされた長尺の説明を振り返りながら思ったことを口にした。


「つまり、お前とその嫁さんは何がしたいんだ」


「何度も言いましたが────地獄の再生です」


「天国に逆らって?」


「天国を消滅させてでも」


「頑張ってくれ」


「素っ気ないですね。この肉体が獄卒の鬼神で、この魂が陰陽の血の流れを引いている私のものであっても、天の定めた法則は変えられません」


 妹の綾子が陰陽の力を持っているのなら兄である東雲が持っていてもおかしくないのか、とリョウは納得した。


「そのためにあなたの力が必要なのですよ。失われた五人目の阿修羅王たるあなたの力が。共に手を携えて天を壊し、地獄を再生させましょう」

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