第93話 リョウちゃん、そろそろ自分の正体を知りたい。

 チープなお化け屋敷の奥には、この施設を実効支配している亡者がいる────それは綾子という女に違いない。


 猛烈な人生。


 その苦しみはすべて他人によって与えられた。


 綾子を苦しめてきた者たちは地獄で大らかに暮らしている。それが許せなくてこの場を支配している………というのがリョウの予測だったが、ベアトリス愛が「概ねそのとおりだが」と付け加えた。


「ただの亡者がこんな真似ができるはずもない。あの亡者は陰陽師の力を持っている。この建物の中も八掛迷宮になっていて獄卒が立ち入れないんだよ」


「はっか……なにそれ?」


 チープなお化け屋敷の廊下を歩きながら尋ねると、リョウの頭上から「あとでググれ」とそっけなく言われた。


「無茶言うなコラ。ってか、なんであんたは入れているんだ?」


「お前がいるからだ」


 ベアトリス愛はリョウを見下すように見つめた。


「俺?」


「東雲様には悪いがそろそろ言うべきだと私は思っている」


 リョウは「お!」と嬉しそうな顔をした。


 ここまで92話も引っ張られてきたのだ。そろそろ自分の正体と東雲の目的を聞いてもいい頃だろう。


「お前は────」


「俺は?」


「………」


「おい、そこでやめるな。なんだよ」


「………」


「おい?」


 ベアトリス愛は白目を剥いてゆっくり倒れた。


 あやうくその下敷きにされそうになったが寸前で飛び退いたリョウは「あ、ここは男が抱きとめてやるべきだったか」と反省したが、自分より巨大な女の肉厚さに耐えられそうになったので、避けて正解だったかな、とも思った。


「てか、なんなんだよ! おい! 起き……え?」


 ベアトリス愛の背中には象形文字のような文様が描かれた札が貼られていた。


 剥がそうとしても藍色の肌にぴったり張り付いていて、まるで入墨のようになってしまっている。


「なんだよこれ」


「鬼封じの呪符よ」


 廊下の先に立つ綾子は陰陽師の祈祷装束を纏っていた。


「改めて自己紹介するわ。私は古河綾子。現世に恨みを持ち地獄に堕ちてきた陰陽師よ」


「そりゃどうも。で、あんたはここで何がしたいんだ」


「地獄を地獄にしたい。それだけよ」


「どゆこと?」


「私をさいなめてきた人間どもが、地獄で悠々と暮らしているのなんて許せない。悪人は悪人の裁きを受けるべきよ」


「そりゃ、まぁ、そうだろうな。けどアレだろ。天国が地獄を過保護にしたんだろ? 元人間のあんたに何ができるんだ?」


「私には無理ね。だけどあなたには可能だわ」


「チッ。どいつもこいつも含み過ぎだっての。俺がなんなんだよ。生前はしがないバーテンだぞ………あ、その前は地獄でブイブイいわしていたすごい亡者だった説が70話あたりであったな」


 地獄で獄卒や天界相手に暴動を起こした悪のカリスマ亡者ダークヒーロー。叫喚地獄を七日間も業火に包み、目障りに思われたのか、天界の一存で強制的に輪廻転生させられたという男。かなりの酒好きの女好き。それに悪党のくせに悪事が許せないっていう勧悪懲悪タイプ。


 まさに山内リョウそのものだ。


「それは叫喚地獄の阿傍羅刹、岩本猫又士のことよ」


「なんですと!?」


 あの赤くて金髪の大柄な鬼が鮮明に脳裏に蘇る。


「亡者から転生して阿傍羅刹になって、叫喚地獄で好き放題してるみたいね」


「え、嘘。俺じゃないのかよ」


「あなたはそんなチンケな存在ではないのよ、山内リョウ」


 古河綾子は「女のこんな顔見たくない」と心の底から思えるほどの邪笑を浮かべた。

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