第90話 リョウちゃん、ゴッデスと出会う。

 お化け屋敷の次の教室は「金剛嘴烏処」と書いてある。


「いい加減、何をどうしたいんだよ」


 リョウはイラっとしながら扉を開けた。


 刑務所、いや、少年鑑別所だろうか。


 全員が同じ服を着て、狭い部屋の中で本を読んでいた。


 案外檻の中は自由なのか?とあたりを見回すと、どいつもこいつもいかつい顔をした若い女ばかりだった。


「おほ、女子専用鑑別所♡」


 エロビデオでは看守が強引に受刑者と、とかありそうだが、実際そんなことをして孕ませでもしたら大問題だし、看守もほとんどが女性のようだ。


 それに全員若いし、すっぴんだ。


 髪の毛もセットしているわけでもなく、服も作業服で色気の欠片もない。


 ♡まで付けて期待したリョウは、がっかりしながらあたりを見回した。


「あ、いたいた」


 リョウは綾子の姿を見つけた。


 膝を抱えて座る仕草は、斎場のときと変わらない。


 あの時からすると数年は経過しているのだろう………少女は大人への成長途中で、10代中頃といった風になっていた。


 同じ部屋の中の女たちは、お互いに干渉しない距離感で、誰も口を利かない。


「おい、お前」


 リョウは綾子の頭をぽかりと叩こうとしたがやはりスカッと外れてしまった。


 幻影なのか。これまでのパターンだと幻影のように見えてもリョウに対話を求めてくるタイミングもあった。油断はできない。


 綾子はひゅーひゅーと苦しそうに呼吸していた。


 劣悪な環境………というほどでもないが、喘息持ちには厳しい寒さだろう。


「おい、お前息がうるせぇんだよ」


 牢名主みたいな女が綾子を睨む。


 綾子は息を殺すようにうつむいたが、それでも呼吸を止められるわけではない。


「まぁ、待ちなよヨッちゃん。あいつ喘息なんだろ。あたいも喘息持ちだったからわかるんだよね」


「あぁ、喘息か。薬とか貰ってねぇのかよ」


「ここの看守が誰だか忘れた? ゴッデスだよ?」


 ゴッデスとはGODDESS、つまり女神という意味であるが、ここの女子たちの言い方からすると、意図が違うようだ。


「貴様ら、読書時間だぞ、黙らんか!!」


 部屋の入口から怒声が轟き、無関係なリョウもビクッと背を丸めてしまった。


 振り返るとそこにいたのは────


「あー、こんなゲームあったなぁ」


 リョウは、ヒゲマッチョの市長が腕をぶん回しながら悪党と戦う横スクロール格闘ゲームに出てきた頭モジャモジャの巨漢を思い出した。


 アフロかと思うほどモジャモジャした巨漢の女看守は、とにかくすべてのサイズでリョウよりデカい。身長は当然のことながら、片方の乳がリョウの頭よりでかいのは明らかで、腕も足もリョウの胴体より太い。世紀末救世主なら「おまえのようなババアがいるか」と言いたくなるはずの巨体だ。


「あいつの喘息がうるさくて………」


 牢名主のヨッちゃんが言い訳したが、女看守ゴッデスには関係ない。


 手に持った竹刀がヨッちゃんの首を叩き、パァンという音と共にヨッちゃんは吹っ飛ばされた。


「ん~、いまのは痛かったかなぁ? 痛かったよなぁ? なんで痛い目にあったんだと思う? そうだよ、そいつが喘息でヒーヒー言ってるから悪いんだ。可哀想になぁ。あいつのせいでこんな痛い目に会うなんてよぉ」


「薬をください」


 綾子は喘息で青白い顔をしながら言った。


「はぁ? 聞こえないね」


「あなたは私に薬を出すと言って………一度も………」


「聞こえないって言ってるだろうが!!!」


 ゴッデスは無関係なヨッちゃんの顔を竹刀で叩いた。


「痛いだろ? 痛いよなぁ? そこのバカがあたしに口答えなんかするからこうなっちまったんだよ」


「やったのはあなたです」


「やらせたのはお前だ」


 これが理不尽ないじめっ子のルールだとわかっていても、ヨッちゃんは怒りのぶつけどころを綾子にするしかなかった。


 膝を抱える綾子を蹴り、蹴り、蹴りつける。


 その様子を見てほくそ笑むゴッデスは、邪神と言っても過言ではないように見えた。


「病気で苦しむ人に薬を与えると言っておきながら与えなかった者が落ちる地獄。それがこの金剛嘴烏処こんごうしうしょよ」


 蹴られて鼻血を流しながら、綾子はリョウを見据えて言った。


「そこの看守の趣味は囚人同士を喧嘩させて高みの見物をすること。本当はそういう輩を落とす別の地獄もあるんでしょうけど、この時の私は本当に喘息で死にかけていたから、この罪のほうが重かったんでしょうね」


 ゴッデスは満面の笑みを浮かべていた。


 現代日本でこんな「誰もが考える最悪な牢獄」があるものか、と思っていたが、あったのだ。


「この地獄に堕ちた亡者は、ダイアモンドのくちばしを持ったカラスに肉を喰いつくさせるはずだった。今じゃバードウォッチングパークよ。ふざけるなって言いたくなるの、わかる?」


「ああ」


 リョウは釘バットをゴッデスに向けながら、曖昧に応じた。

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