第86話 リョウちゃん、狐につままれた気分になる。

「先生のはねぇ、肉に埋まっちゃってそんなに大きくないから~、中学生になったばかりの綾子ちゃんでも、ちょうどいいと思うんだよねぇ~」


 常田医師が下衆な笑いを浮かべて股間を弄った時、綾子はこの医者が自分に何を要求したのかやっと理解した。


 13歳とは言え、そういう知識は学校でも、親からでも、友達からでも、いろいろと聞いている────大人の男には自分のような子供にしか興味を示さない「変態」がいると。


 まさかそれが母の担当医だとは。


 そしてここで自分が彼の要求に従わなかったらどうなるのか………わざわざ母親の前でやろうとしているところからして、この医師は確信犯で常習犯だ。こっそり悪戯しようなどという程度レベルではない。


「い、いや………」


「いや? いやなのかい、綾子ちゃん? いやなら仕方ないですねぇ。ね、お母さん」


「む、娘に変なことしないでください。そんなことされるのなら死んだほうがマシです」


「あなたの他に娘さんを育ててくれる方がいらっしゃるんですか? 聞いていますよ。旦那さんはとっくに亡くなって頼れる先がないってねぇ。それだから僕に強く言えないんですよねぇ? いいんですよ、正直になってもらっても」


「どういうことですか………」


「娘さんの長い人生の中でこれから起きることなんて、ほんの一瞬のことじゃないですか。あなたが促してくださいよ。先生の言うことを聞きなさいってね。そうすればあなたはもっといい医療が受けられて長生きできる。娘さんはお母さんと今まで通り暮らせる。僕は気持ちいい。みんなウィンウィンですよ、ウィンウィン」


 デブは腰をウィンウィンと動かしながら言った。


「そんなことを娘に言えと言うんですかあなたは!」


「ちっ、うるせぇなババア。どのみち何年かしたらどこかの誰かとセックスするんだ。僕が犯ったほうがいろいろお得だろうがよ。自分の立場と状況を考えろや貧乏人が」


「本音は?」


「貧乏人に受けさせる高度医療なんかねぇよ。生きず死なずで入院費だけ払ってりゃいいんだよ。初々しい娘は僕が調教して肉便器にしてや………はっ!?」


 デブは振り返った。


 見透かしの珠を掲げていたリョウは、片手で釘バットを振りかぶった。


「ちっちぇモノ出してんじゃねぇよ、クソ医者が」


「まて、まって!! 僕に手を出したらこの患者はここにいられなくなるよ! すぐ死んでしまうよ! そしたらこの娘も孤児院だ! 孤児院に行ったら汚らしい大人たちに犯されるのが関の山だ! だったら母親のため僕のため自分のためにも、僕に犯されたほうが幸せだろ!!」


「お前の言う孤児院はどこのエロビデオの孤児院だよ」


 リョウは釘バットを振り下ろした。


「デブッ!」


 奇っ怪な声を残し、デブ医者は頭蓋をかち割られて倒れた。


 ピクピクと贅肉が跳ねていたが、少しするとピタリと止まった。


 そして無傷で立ち上がり「ひ、ひぃぃぃ」と腰砕けになって逃げていく。


 死んでも復活したということは、あれは「亡者」なのだろう。


「おい、ちびっ子。いくらお母さんを助けたくても、お母さんが悲しむような助け方はよくないぞ」


 リョウは綾子の目を見据えた。


 すると子供らしからぬ艶美な笑みを浮かべ、綾子はリョウの瞳を覗き返した。


「ここは唐悕望処とうきぼうしょ。病気で苦しんだり生活に困っている者が助けを求めているのに、助けると嘘をついて実際には何もしてやらなかった者が堕ちる地獄よ」


 急に大人びた口調になったので、リョウはビクッと体を下げた。


「お前はなんなんだ」


「知りたければ奥に来ればいいわ。あなたの心が持つのなら、ね」


 少女の姿は消えた。母親の姿もない。ベッドもない。


 病室は学校の殺風景な教室に変わっていた。


 幻覚を見せられていたのか。


 なぜか東雲やベアトリス愛が同行していないのも気になる。


 リョウは狐につままれたような気分のまま、教室を後にした。

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