第85話 リョウちゃん、病室に行く。

 リョウは亡者たちの返り血に感心した。


 亡者が生きている(?)ときは返り血がべっとりついていたが、亡者自身が蘇ると返り血は消える仕組みらしい。


 村人たちを散々釘バットで殴り殺したが、何回殴り倒しても風が吹けば蘇るので飽きてしまったリョウは、彼らを死なない程度にズタボロにして放置した後、お化け屋敷の続きを歩いた。


 最初より通路が複雑になっている。


 やはり、どこも作りは学校で行われている学芸会レベルのお化け屋敷なのだが、通路の難解さは本物だ。


 階段を上っているかと思ったら下がっていたり、通路の先に行こうとしたら戻っていたり………まるでエッシャーのだまし絵の中にいるような気分だった。


 体内時計でもどれだけの時間が過ぎたのかわからない。


 大して重くもない釘バットが邪魔に思えるほどの時間を歩いた。


「そもそもこのバット、いつから俺の手にあるんだよ」


 生前使った記憶もないし、地獄に堕ちて入手した記憶もない。気がついたら手に馴染んでいる。


 バットに刺さっている釘をよく見ると「これどうやって作ったんだ?」と頭をかしげたくなる作りだった。


 バットに打ち込まれている釘は、全部先頭の尖った部分が外に出ている。つまり、釘頭部の平らな部分がバットの中にあるのだ。


「ん」


 新たな教室が見えてきた。


 扉には「唐悕望処」と書いてあるが、やはり説明がないので読み方はわからない。


 それを開けると、中は六人部屋の………よくある入院病棟の一室だった。


 空いたベッドが5つもあるのでがらんとしているが、窓際の一番奥にある使っているベッドには人がいた。


 青白く痩せ細った女性だ。


 その鶏ガラのようになった手を握り、必死に作り笑いを浮かべている10代前半の女の子は、ベッド脇の椅子に浅く腰掛けている。


 真新しいセーラー服とオカッパ頭………さっき見た少女が少し大きくなった姿だ。


「おい、こりゃなんだ?」


 問いかけても病室の二人はリョウの存在に目もくれない。


 そのリョウを押しのけるようにして巨漢が入ってきた。


 そいつは幻覚ではない。その証拠に柔らかい腹がボヨヨンとリョウを弾き、思わず蹌踉よろめいてしまった。


 リョウ2人分を収納できそうな体格の、まるで着ぐるみのような男は「よくそのサイズがあったな」と言いたくなるような白衣を羽織っている。


 生活習慣病か糖尿病で苦しみそうなほどの………端的に言えば「デブ」な不健康体なのに、こいつ医者なのか、とリョウは唖然とした。


「先生」


 少女は慌てて立ち上がり、何度も何度も頭を下げた。


「ん」


 デブは偉そうにちょっと手を上げただけで挨拶とした。


「あの、先生。母は良くなってるんでしょうか」


「こら綾子。先生に失礼なことを言っちゃダメでしょ」


 痩せた母親がたしなめても、綾子と呼ばれた少女は引き下がらず医者の答えを待った。


「ああ、もちろんお母さんは良くなってるよ。心配しなくてもいいんだよ」


 デブは綾子の頭を撫でた。


 大人が子供をあやすように、ではない。


 なにかべっとりと、性的な触り方だ。


「もっとも、保険や役所の幇助が厳しいので、入院費でやっとなんですよ、お母さん」


 デブに言われて病床の母親の顔に陰が差した。


「綾子ちゃん、もっとお母さんにいい治療をして欲しいよね?」


「はい! おねがいします、ツネ先生!」


「そのためには綾子ちゃんも先生のお手伝いをしてほしいんだ」


「やめてください常田先生! 娘はまだ13歳なんです!!」


「ちょっとお母さん、やめてください、じゃないですよ。まるで僕がこの子に変なことをするような言い方こそやめてもらえませんか。それとも退院されますか?」


「それは………」


 母親が口ごもる横で綾子は目を輝かせた。


「私、なんでもガンバリます! お母さんを助けてくれるならなんでもします!」


「ふふーん、よく言ったね、綾子ちゃん。じゃあ、お母さんもちゃんと見ている所でお手伝いしてもらおっかな。それなら安心でしょ、ね?」


「………」


 母親は顔を背けた。


 その様子を見て、満面の笑みを浮かべた常田というデブ医者は、ズボンのチャックに手をかけた。

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