第84話 リョウちゃん、幻を見る。

 異々転処いいてんしょのお化け屋敷迷路というのは、確かにそのとおりだった。


 中に入ると、公民館にありそうな長机の上にハリボテで作られたクオリティの低い生首が並び、壁やら天井やらから、ずたずたに斬り裂いた布がぶら下げられていた。


 中学か高校の学芸祭の雰囲気だ。


 人一人通れる程度の狭く暗い通路が延々と続いている上に、複数に分岐していて実に面倒な作りになっている。


 優れた陰陽師とやらがこの最奥を占拠しているらしいが、リョウとしては「ほっといてもいいんじゃね?」という気分だった。


 こんなところを占拠していた所で、なにか世の中に影響があるように思えなかったからだ。


 てくてくと歩きながら、リョウは不思議に思った。


 生前なら、大の男であろうとこんな暗くて狭い場所は少なからず「怖い」と思えていた。例え作り物感が半端ないお化け屋敷であっても、どこから脅かされるのかとビクビクするくらい、自分は小心者だったはずだ────何が出てきても全く怖くないと、てくてく無心で歩けるほど肝が座ったタイプではなかったはずだ。


「俺、なんか変わっちまったのかな」


 独りちた時、通路の先に明かりが見えた。


 教室の扉だろうか。扉には「双逼悩処」と書いてある。大叫喚地獄の小地獄の一つだろうが、読み方もわからないし、説明を受けないのは初めてだ。


 少しワクワクしながら扉を開ける。


 教室かと思ったら、公民館か寄り合い所のような所だった。


 しかも、中にいた者たちはリョウに見向きもしない。


 低いテーブルがコの字に組まれ、老若男女が茶をすすりながら難しい顔をしている。


「実に困ったことをしてくれたね、古河の旦那」


 一番年長の老人が問いかけると、コの字に組まれたテーブルの中央、まるで審判を受けているかのような立ち位置で、小柄な男は背筋を伸ばしていた。


「あんたんとこだけだよ。ダム建設に反対しているのは。しかもそれを大々的にマスコミに広めるなんぞ、村の恥さらしだ」


「あれは私の先祖代々の土地です。売る予定はありません」


「最近都会から越してくるまで、そこは荒屋だったじゃないか。突然やってきて村のことをかき乱されてこっちは困ってるんだよ」


「しかし、もう越してきてそこで妻子と生活もしているんです。ダム建設計画が持ち上がったのはその後だったじゃないですか」


「どうしても土地を売るつもりはないかね」


「ないです」


「いまダム建設が決まれば、こんな土地代二束三文の貧乏な村に数十億の金が転がり込んでくる。村人全員が幸せになれるんだよ」


「私達は望んでいませんから」


 そう言った古河氏の後頭部に鉄パイプがめり込んだ。


 会合に出ていた強面の男が振り下ろしたのだ。


 前のめりに倒れた古河氏を男たちが拘束し、その口に一升瓶を強引に突っ込む。


「あんたは村に土地を売ることを約束し、景気よく酒を飲んだ帰りに足を踏み外して崖から落ちて死ぬ。そういうこった」


 会長は冷淡に言った。


 ゴボゴボと酒を吐き散らしながら古河氏は白目を剥く。


「酒の弱い男でよかった────余所者が突然やってきて村のことをかき乱しおって。これは天罰だ」


 ピクリとも動かなくなった古河氏を見て会長はほくそ笑んだ。


 ヒデェな。とリョウは男たちを押しのけて古河氏を助けようとした。


 だが、男たちはおろか、古河氏にも触れることができなかった。


「それは単なる虚像。過去の記録よ」


 いつの間にかリョウの後ろに少女がいた。


 おかっぱ頭の、ちょっと田舎臭い格好はしているが、きっと結んだ唇と強い目力が気の強さを表している。


 年の頃は小学校低学年だろうか。なのに、その口調は随分大人びて聞こえた。


「お前は………なんだ?」


「そんなことより、この後どうなったと思う?」


 少女の、まるで男を試すような口ぶりにリョウは眉をひそめた。


は予定通り崖下に落とされて死んだわ。私の家族は家も土地も取られることが決まったばかりか、村八分で米粒一つ買えないくらい除け者にされたわ。母は病弱で療養のために田舎に来たと言うのに、すぐに追い出されることになったの。もちろん私もね」


「………」


「ふふ。ここは双逼悩処そうひつのうしょ。村々の会合で嘘をついた者や悪口を言って集団の和を乱した者が堕ちる地獄。そして亡者は炎の牙を持つ獅子に食われる。本当だったらこいつらにぴったりな地獄だったと思わない? それが今ではこうよ」


 少女の姿が消える。


 村の会合場所もただの古びた教室に戻っている。


 その教室の後ろに畳を直に敷いて酒盛りしている亡者たちがいる。今し方見た幻覚に出てきた村の者達なのは、すぐにわかった。


「しかしよぉ。ダムの時は美味しい思いしたよなぁ」


「んだなぁ。たんまり貰えるもんは貰ったし」


「古河のバカも反対なんぞしなきゃ、美味い汁を吸えただろうに」


「嫁が病弱で引っ越しもままならないって言ってたけどよ。金がありゃあいいとこの病院にでも入れられただろうに」


「あれからどうなったんだっけ?」


「やつの嫁さんかい? たしか町の小さな藪医者の所に入院したけどロクに治療もしてもらえずにおっ死んだはずだぜ」


「娘もいただろ?」


「小生意気そうなガキがいたなぁ。その後のこたぁ知らねぇが野たれ死んぢまってるかもな」


 男たちは、猪口片手に大笑いする。


 ────この糞どもが。


 リョウは釘バットを持つ手に力を込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます