第78話 リョウちゃん、天女を騙す。

 その時、きっと天女が気が付かない「一瞬」で事態が変わった。


 その状況を見て「なるほど」と、リョウは手を叩き、悪い顔をした。


「なぁなぁ、そこの亡者に聞くのはいいけど、天女さんよ」


『なんでしょう?』


「もし間違っていたらどうなるんだ? 人を疑った罪とかあるんじゃねーの?」


『え?』


「天界ってのは少しでも間違えを犯したら一気に地獄に落ちるんだろ? いいのか、そんなリスキーなことして」


『そ、それは』


 天女の微笑みが消えた。


「単なる地獄の監視役が、そんなしょーもないことで地獄に落ちるとか、厳しいなぁ~、天国」


 リョウは以前、東雲から簡単に六道の説明を受けていた。


 人間道は「四苦八苦」という自らの思い通りにならない8種類の苦しみに苛まれる世界だが、苦しみばかりではなく努力次第で楽しみも得られる世界だ。


 修羅道は常に嫉妬にかられ、武力で解決を目指す世界。つまりモヒカンのヒャッハーが血で血を洗いながら生き延びる世界だ。


 畜生道は判断力を失い動物的本能のままに行動する世界で、性欲、食欲、睡眠欲等の本能のままに行動し、お互いの足を引っ張り合い、殺し殺され、また成すがままに使役されるだけの存在となる世界だ。


 餓鬼道は常に満たされない渇望状態で、食べ物は食べようとすると火となり、水も飲もうとすると蒸発してしまい、とにかく飢えと渇きに苦しみ続ける世界だ。


 地獄道は、本来なら「生きること自体が苦しい」という、快楽の無い苦しみだけの世界であるはずだったが、今はご覧の通りだ。


 そして────天道は天人が住まう世界で、苦しみもほとんどないし、享楽のうちに長い生涯を過ごす。が、煩悩から解き放たれてはいないし、解脱も出来ない。少しでも「悪」であれば、一気に地獄堕ちるギリギリの幸せ………それが天国の姿であり、ここもまた極楽浄土に行くための修業の場なのだ。


「どうする? このまま捨て置くなら、俺達は何も見なかったと。なんならあんたと会ったことすら忘れるかもな。だが、あんたが躍起になって人の粗探しをするというのなら、その因果応報は受けることになるぜ?」


 リョウの心境としては「バレても別にこちらに痛手はないので、嘘をつきまくってやれ」だし、今の状況が楽しくなっていた。


 ウソツキが堕ちる大叫喚地獄でこんな大芝居をやってしまうあたり、リョウがいかに適当なのかを物語っているが、普通の者ならそんなことをする度胸などない。だが、リョウにはこの賭けに、100%勝つ自信があった。


 それが、天女が気が付かない「一瞬」で変わった事態、のことだ。


 天国の者達は万物すべてを把握していそうに見えるが、そうではない。全知全能たるのは一部の仏や神だけだ。と、東雲から聞かされていたので、天女相手に大芝居を打っているのだ。


 ベアトリス愛もそれがわかっているのか、表情に出さないように上を向いて音も出さずに「ふすー、ふすー」と口笛を吹いている。もしかしたら口笛が吹けないのかも知れない。


『あなたが何を企んでいるのか知りませんが、ここで見過ごしてしまう事のほうが罪ですわ』


「見過ごす? 違うな。あんたはなにも気が付かなかった、ということにしとけばいいんだよ」


『まったく………あなたはわかっていないようですが、生きとし生けるものすべて、その行いは監視されています。私がどういう行いをしたのか、すべてです。ウソツキが堕ちる大叫喚地獄であなたの口車に乗って見過ごすなどありえませんわ────潰されている亡者さん、お助けしますので質問にお答えください』


「はい、なんなりと」


『あなたは誰にそんなことをされたのですか?』


「そこの亡者です」


『え!?』


 天女は愕然とした。


『ば、ばかな。どうやってそんな岩を………』


「岩の下に穴を掘って埋められました」


 岩の下敷きになっている亡者────と、つい先程、指パッチンで入れ替わっていた東雲は飄々と言った。

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