第74話 リョウちゃん、吼々処に行く。

 エステサロン吼々処くくしょは、地平線の先までリラクゼーションサロンだった。


 白い壁、白い床。それらが目に痛くないよう、少し暗めで心安らぐ照明。


 観葉植物と安らぎの音楽。


 フェザータッチで敏感な肌を優しく刺激しつつ、栄養素をたっぷり含んだ地獄の泥をベースにしたパックで全身をつるつるすべすべぴっかぴっかにしてくれる。


 らしい。


 店の看板にそういう謳い文句が書いてある。


 だが、リョウと東雲はその看板の前で立ち尽くしているだけだった。


「なんで入れないわけ?」


「女性専用だから」


 その声は頭上から降ってくる。


 リョウでさえ見上げる、門番の鬼女は、虫けらを見るような、まったく感情の入っていない視線で言った。


 全身真っ青………いや、藍色と言うべき鬼女は「だっちゃ」と言いそうな虎柄のビキニ姿でリョウの体より太い金棒を肩に担いでいる。


 こめかみ辺りから生えた角は、短く尖った鬼の角というより西洋の悪魔……山羊のように曲線を描いており、まるで大きな髪飾りのようになっている。


 更に言うと、その惜しげもなく披露している肉体の………圧倒的筋肉。


 大人の男並の金棒を軽く担いでいるだけあって、どこぞの世紀末救世主伝説やグラップラーにも出てこないような筋骨隆々の肉体美だ。


 ボディービルのような「見せる筋肉」ではない。実戦的な、筋肉の鎧だ。


「あのさ、ここ地獄だよね? 男も女も関係なく嘘ついたら堕ちる地獄だよね?」


「私もそう思います」


 東雲も賛同するが、あおい鬼女は完全に無視した。


「この中じゃ、亡者や天女がすっぽんぽんで極上の施術を受けてるんだ。男子禁制に決まってんだろうが」


 鬼女は金棒を地面に突き立てて威嚇してきた。


「亡者に男も女もないでしょうに」


 東雲が言うと鬼女はバツが悪そうに遠くの空を見上げた。


『こんなでかい女も東雲にゃ頭が上がらないのか。ほほー」


 リョウはにやりと勝利の笑みを浮かべた。


「おいデカいの。恩を仇で返した男たちの亡者はどうなってんだよ」


「デカいの? あたいに言ったのか、この糞虫が」


「おう、お前だバーカ」


 少し東雲の後ろに隠れるようにしてリョウが応じると、鬼女は舌打ちした。


「あたいが天国から言われたのは、拷問の撤廃と天女様も利用できる地獄エステの営業だけさ。男どものことなんてシラないねぇ」


「………つまり、あれか? 天国は自分たちが利用するために地獄にエステとか作らせてんのか?」


 リョウは後ろから東雲を睨んだ。


「私を睨んでも………まぁ、そういう一面もありますね」


 後ろの目でもついているのか、振り返りもせずに東雲は応じた。


「じゃ、いつか俺が天国に行ったら、地獄を作り変えたやつをボコボコにしてやんよ」


「ふっ」


 あおい鬼女は鼻で笑った。


「そんな気性のやつが天国に行けると思ってんの? バカなの? 死ねよ」


「死んだから地獄来てんだよ、このアマァ」


 が見上げるようにガン飛ばしながら言うと、あおい鬼女も「ああん?」と睨み下ろした。


 リョウとしては、対獄卒相手に最強(っぽい)東雲がいるから、ちょっと調子に乗っても大丈夫だ。


「てめぇ。亡者風情が阿傍羅刹あぼうらせつの『ベアトリス・愛』様に向かって吠えてんじゃねぇよ」


 阿傍羅刹あぼうらせつ


 各地獄にいる獄卒のリーダー格だ。


 以前の衆合地獄では金髪で赤い服の阿傍羅刹あぼうらせつ「岩本猫又士」に酔い潰されたが、この大叫喚地獄では物理的に潰されてしまいそうだ。


 だが、リョウはきょとんとした顔になった後、堪えきれずに「ぶふっ」と吹き出してしまった。


「べ、べあとりす・愛……ぶっ………」


「てめぇ………あたいの名前の何がおかしいってんだ」


「その和顔にイタリア人名付けてんじゃねぇよ!」


「あたいはフランスとのハーフだボケェ!! このツノ見ろや! 日本の鬼と違って西洋風悪魔っぽいだろうが!」


「知るかボケぇ! ベアトリスだかク✕トリスだかなんだか知らねぇが、なんかすげぇ生粋だから、やっちゃってください東雲さん!」


 気がついたら東雲はこの場にいなかった。


 一気に血の気が引いたリョウの頭上にベアトリス愛が藍い影を落とした。

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