第69話 リョウちゃん、天罰を見る。

 地獄に差し込む一条の光。


 亡者たちは「ホトケの救いだ、わーい」とやっているが、それはどうだろうか。


 リョウが目を凝らしていると、光をまるでロープにように束ね、舞台の天井から降臨するかのようにビキニ姿の若い女が現れた。


 ポールダンスというか、ロープダンスというか………光の紐を巧みに使って、身軽にくるくると体を回転させたりしている。


 ビキニ姿で大開脚する若い女。


 その姿は扇情的で、地上で見ている男の亡者たちは「ぅぉぉ………」と小声で喜んでいた。


「なんなんだ、あれ」


「蜘蛛の糸、という話をご存じですか?」


 もちろんだ、とリョウは答えた。


 それは明治の大文豪・芥川龍之介が残した児童文学だ。


 ある時地獄を覗き見たお釈迦様は、カンダタという男を見つけた。


 カンダタは殺人や放火もした畜生場働き上等のクソ泥棒だったが、過去に一度だけ「小さな蜘蛛を踏み殺しかけたけど、命を助けた」という善行をした。なのでお釈迦様は、カンダタを地獄から救い出してやろうと一本の蜘蛛の糸を下ろした。


 カンダタはヒャッハー!と糸につかまって昇り始めたが、下を見ると他の亡者が「俺も私も」と続いて登ってくる。


 このままでは糸が切れてしまうと思ったカンダタは登ってくる亡者たちを蹴落とし、自分だけ助かろうと必死になった。が、蜘蛛の糸はカンダタの真上の部分で切れ再び地獄に堕ちてしまった。


 自分だけ助かろうとして、結局の地獄に堕ちてしまったカンダタの浅ましさを説く話だ。


「そうです。それの元ネタの方との合わせ技を再現しようとしていますね」


「元ネタ!?」


「蜘蛛の糸は1918年の作ですが、スウェーデンの女流作家セルマさんがそれより前の1905年に書いた話の方です」


「日本の地獄なのになんで海外の方を参考にしてんだよ」


「さぁ……ちなみにその話はイエスが地獄に向けて放った天使につかまって上がってこようとした者が、一緒につかまって上がってこようとした人々を振り落としたために、天使はその者も放してしまい、結局また地獄へ落ちてしまう話ですね」


「………じゃ、あのロープで降りてくる女は天使的な?」


「ええ。日本の天界に天使はいないので天鈿女命アメノウズメノミコトさんのようですが」


「神も仏も一緒くたかよ。神道と仏教って違うもんだろ」


「天界にいちゃもん付けられる前の地獄は仏教ベース、その前は神道ベースの作りになっていまして、基本的には同じものです。仏教は神道の後から日本に入ってきて浸透したんですよ」


「じゃ、神様仏様ってのは一緒くたでいいのか」


「厳密には違う領域ですが、お互いに尊重しあっていますね。あ、そろそろ始まりますよ」


 天鈿女命アメノウズメノミコトが警笛を鳴らした。


 一斉に走る亡者たち。


 行く手を阻んでいるのは奈落。


 その奈落の上には斜面状に設置された板。


 それを蹴り進むと、回転するローラーが待っている! 上手く飛びつかないと奈落行きだ。


 次は回転する丸太を上手く渡り、足場から奈落に落とそうと迫ってくる棒を避け、重い砂嚢を抱えて指定の場所まで運び、忍者返しのようになった壁を登り………様々な障害を乗り越えて光のロープに手を伸ばせたのは極一部だった。


「なんだ、このバラエティスポーツ番組感………」


 リョウは呆然白目になっていた。


 光のロープの真ん中辺りで天鈿女命アメノウズメノミコトが手招く。


 選ばれし亡者たちが光のロープに掴まり、すごい速さで這い上がっていく。


 そしてロープの先に行くとしたら、途中にいる天鈿女命アメノウズメノミコトを乗り越えなければならない。


 選ばれしエロオヤジたちは、鼻の下を伸ばしながらここぞとばかりに天鈿女命アメノウズメノミコトの体に群がる。


 集団で痴漢しているようにしか見えない。


「お前どけよ! このおっぱいは俺のだ!」

「バカ、このケツに顔を埋めるのは俺だけだ!」

「こいつのXXXを俺のXXXで昇天させちゃる!」


 亡者たちの目的は、天に行くことではなく天鈿女命アメノウズメノミコトを触ることになっていた。


 ちなみに下では女の亡者たちが呆れた顔で上を見ている。


「で、どうすんだ、あれ」


 光のロープの真ん中あたり。天鈿女命アメノウズメノミコトがいたポイントが亡者たちで膨れ上がっている。


 どんな屈強な男でもあれだけの人数にぶら下がられたらやばい。体が引き裂かれてもおかしくないほどの荷重になっているはずだ。


 だが、天鈿女命アメノウズメノミコトは平然とした顔でカウントダウンを始めた。


『5……4……3……』


 その間にも、俺が触る、いいや俺だと亡者たちはどんどん天鈿女命アメノウズメノミコトに群がっていき、ロープの先まで行こうとする者はいなかった。


『2……1……』


 閃光と共に爆炎が地獄の空を染め上げる。


 天鈿女命アメノウズメノミコトにつかまろうとしていた亡者たちは、バラバラの肉片になって舞い散っていく。


 なにをしたのかわからないが、主人公が覚醒してバーン!敵吹っ飛びドーン!みたいな感じだろうか、とリョウは呆然と見ていた。


『救済の機会は与えましたが、あなた達は私利私欲のためその機会を失いました。残念です。次回の救済は24時間後、次の救済担当は大宮売神オオミヤノメノカミとなります』


 しっかり次回のコマーシャルまでして、光のロープとともに天鈿女命アメノウズメノミコトは天界に戻っていく。


『今回の救済人数はゼロです。ゼロにBETした方はこちらで換金を………』


 なにか不穏な言葉を天に向かって話しかけながら、天鈿女命アメノウズメノミコトは消えていった。


「………もしかして、天界の連中は地獄から何人救えるのか、賭博してるのか?」


「………そのようですね」


「暇すぎて腐ってやがるな」


 リョウは憮然となった。

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