第68話 リョウちゃん、煙火林処に行く。

 煙火林処えんかりんしょ


 悪人に酒を与え、言葉巧みに煽り、そそのかし、悪人が憎む相手に復讐させた者が落ちる地獄。


 つまり、酒の力を借りて素行の悪い者に謀略を仕掛け、それを肴に愉しむような人間のクズが堕ちるべきところだ。


 昔は、ここに落ちた亡者は熱風に吹き上げられ、他の亡者と空中でぶつかり合いながら砂のように砕けてしまうという無慈悲な場所だった。


 そこがなぜか「亡者を救済せよ」「我々を極楽浄土に」という決起集会を始めた亡者たちによって占拠されている。


 しかし、所詮は魂が人を象っただけの存在である亡者は、血肉を持った地獄の獄卒には到底敵わない。武力鎮圧されたらすぐにでも終わる話だ。


「主催者発表では3000人集まっているそうですが、集まった亡者の数は約300人前後ですねぇ」


 東雲はバードウォッチングでもするかのように望遠鏡を覗き込みながら、数量カウンターをカチカチ鳴らしている。


「なぁ、あんな木っ端集会、あんたらが攻め入れば一瞬だろ」


「いえいえ」


 獄卒たちはその決起集会を見ているしかないらしく、遠巻きに集会を囲んでいるだけだ。


 獄卒達は、閻魔大王の勅命とは言え亡者を武力で鎮圧したら、その後どうなるのか知っている。


 天国による「亡者の人権を守るべし」という指示を無視すれば、生きながらにして重い刑罰が下るのだ。


「獄卒に下る罰ってなんだ? 誰の裁量で?」


「裁くのは天国にいる12人の偉そうな人たちです。罰は様々で、氷の棺に入れられて放置とか、黄泉比良坂に流刑とか、差異次元アナザーなディメンションに放り込まれたりとか、巨大グレートホーンで吹っ飛ばされたりとか、死ぬほど痛いバラの中に落とされたり、体の激痛秘孔を15個も突かれたり………」


「なぁ? その12人って、もしかして金色の鎧とか着てないだろうな?」


「おお、よくご存知で」


「まって? それギリシャ神話の星座的な戦士が光速で動くやつじゃないの?」


「人間界のなにかに影響された天界の偉い方々がコスプレしているだけですから気にしないでください」


「前から思っていたことだが、天国って暇すぎだろ」


「そうです。だからいちいち地獄のことにまで口を挟んできてモンスターエンジェル化してるんですよ」


「エンジェル? ホトケってエンジェルなのか? てかモンスターペアレンツ的な感じで呼んでいいのか?」


「あぁ」


 東雲はポンと手を打った。


「勘違いしているのかもしれませんが、天国も所詮は六道輪廻の一つの世界で、山内さんが思っているようなものではないのですよ」


「?」


「六道輪廻とは、人間界、天国………正確には天界、地獄界、修羅界、餓鬼界、畜生界からなる魂の循環する場所です。天界が一番楽ではありますが、少しでも悪いことをすると最下層まで真っ逆さまという危ういポジションでもありましてね。地獄をぬるくしたのも天界の者たちからすると『よかれと思って』やっていることなんです」


「全然良くないが」


「それと、天部と呼ばれる神々や天人が住む天界と別に、六道輪廻を超越したポジションにあるのが【極楽浄土】です。すごい神仏がいるのはそこですね」


「へぇ。知らなかった。天国イコール極楽浄土だと思ってたわ」


「まぁ、いま集会している亡者たちはそれを知ってるようですねぇ。しかし、なんの昇華もしていない魂の分際で極楽浄土に行きたいなどとほざき、ごねたら行けるとでも思っているその精神が許せませんね。どいつもこいつも人をそそのかしたからここに落ちたであるという自覚がないのでしょうか」


 亡者たちの主張は、彼らが書いたプラカードを見れば分かる。


『極楽浄土に連れてって♡』

『天界でも可』

『人間界に大金持ちの子として転生させて』

『異世界チートハーレム希望!』

『とにかく亡者にもっと救済の機会を』

『殺風景な地獄にもっと色味を』

『地獄でも幸せな家庭を作らせろ』

『なぜ亡者は子供を作れないのか』

『地上のエンタメをもっと導入しろ』

『給料ベースアップを』

『美味しいXXXの食べ方読本はこちら』


 一部宣伝も混じっているようだが、プラカードに書いてある殆どが筋違いな要求だ。


 その文字は、すごい古語から現代的な言葉、未来すぎてなんて書いてあるのかわからないものまで、すべて「日本語」なのだそうだが、一貫して『身の程知らずな要求』ばかりだ。


「こいつら………なんで地獄に堕ちたのかわかってねぇだろ。人を不幸にした分の罪を背負って、反省するために地獄に落ちたってのに………地獄の環境改善とか言ってる場合か。自分を改善して成仏しろって話だよな」


「どこから目線で話をされているのか知りませんが、その通りです亡者の山内さん」


「お、おう」


「しかし、いかに天界でも亡者がこんなことしたら黙っちゃいませんよ………ほら」


 赤黒く暗い空から一条の光が差し込んできた。

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