第67話 リョウちゃん、芭蕉烟林処に行く。

 芭蕉烟林処ばしょうえんりんしょ


 貞淑な婦人に密かに酒を飲ませて悪戯しようとした者が落ちる。


 罰は、煙が充満していて前が見えない所で、熱した鉄板になった床で亡者が焼かれていたらしい。が、今はホルモン焼きエリアだ。


「そもそも貞淑な婦人に密かに酒を飲ませるって至難の業だろ!」


 かなり飲んで赤ら顔になったリョウは東雲に食って掛かった。


「貞淑な人妻が他の男と二人になることはないだろうし、こっそり気づかれないように飲ませて泥酔させるって、どんな酒をどんな飲み物に混ぜてもすぐわかるわ!」


「けど悪戯したんでしょう?」


 東雲は日本酒をお猪口に注ぎながら尋ねた。


「してません~! 俺の女関係はぜんぶ合意の上ですぅ~!」


 急に背筋を伸ばし、唇を尖らせながらリョウは言った。


「あ、こっち、ホルモン2人前追加で」


 東雲が手を上げると、女獄卒が大きな尻がはみ出そうなホットパンツ姿で駆け寄ってきた。


「はっ、ただちに!」


 店員の言い方として何か間違っている。


 臣下が王に言うがごとく、片膝をついて低頭する仕草が獄卒の習わしなのだろうか。


「なぁ、東雲。なんだか俺の知り合いとよく遭遇する気がするんだが」


「そうですか? まぁ、時間軸が違いますから、山内さんのお知り合いも数十年後とか老衰後とか、いろんな時間のパターンで来ますからねぇ。それにここは魂の世界ですから、見た目は本人が一番思い浮かべた時の姿でかたどられます。先程の加根古さんも本当は60歳です」


「マジか。てか60歳であんなピュアな良い人やってたのか。神仏のような人だわ」


「神仏は優しいだけではありませんよ。陰陽というのがあるように、人に厳しいときも優しい時もあります。いつもニコニコしてるお地蔵様だって、真の姿は閻魔大王ですし」


「あんたはどうなんだ」


 リョウは酔った顔からシラフの顔になった。


「ずっとここまでの間、俺に何かうながしているだろ。場面場面で姿消してるし、いちいち行動が怪しいんだよ」


「ほぉ」


 東雲は目を細めた。感心した、という顔だ。


「正直、あなたはアホなのでそんな細かいところまでは気が付かないと思っていました」


「うん、そう思われてるんだろうと思ってた」


 リョウは怒るでもなくホルモンを口に放り込んだ。


 美味い。


 しかしこれは何の肉なのか。


「現世の牛も供物として捧げられたりしていた時代がありましてね。それ元に地獄で畜産してるんですよ」


「………お前、俺の心を読んだのか?」


「食べながら不思議そうな顔をしていたので」


「お前、本当は何者なんだ? ただの案内人じゃないだろ、え?」


「それを詮索しますか? まぁ、いいでしょう」


 東雲は一呼吸置いた。


 リョウはあまり咀嚼せずホルモンを飲み込んで東雲の言葉を待つ。


「私は────」


 東雲の言葉を遮るように、地獄の空間いっぱいに大音量でチャイムが鳴り響く。


「なんだ!?」


 あまりの轟音に耳をふさいだリョウは、この音がスピーカーから出ているのではなく空全体から降り注いでいることに驚いた。


『獄卒に緊急連絡。これは訓練ではない。全獄卒は煙火林処えんかりんしょに集合し、担当係官の指示の下、亡者の暴動を鎮圧せよ。これは閻魔大王の勅命である。繰り返す、これは訓練ではない』

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