第63話 リョウちゃん、容赦しない。

 「本当の地獄に落ちろ」


 リョウは刑場に落ちている石を握りしめ、言うなりぶん投げた。


 その石は放物線を描くこともなく、豪速球どストレートで呂布和恵の顔面にめり込む。


 和恵は何が起きたのかわからなかっただろう。


 目の前が衝撃とともに突然真っ暗になり、じわじわと激痛が顔を這い回る。


「いぎ、ぎゃああああああああ」


 地面に倒れ、足をジタバタさせる。


 死に装束の裾がめくれ上がって、ニーハイソックスどころか見せてはならない下着までもがあらわになってもどうでもいい。それほどの激痛だった。


「ひ、ひぃ」


 今まで幸せオーラを撒き散らしていた男の方は腰砕けになり、這々ほうほうていで逃げていく。


「………」


 今逃げていった男は………多分、居酒屋で女獄卒をナンパしていた鎚之中つちのなか潜太郎せんたろうだったが、まぁ、それはどうでもいい。むしろ女詐欺師に引っかかるところを防いだので礼が欲しいくらいだ。


 和恵の半顔には石がめり込み、眼球も眼底も潰れ、地獄の亡者に相応しい顔立ちになった。


「お、お前、なんてことを!!!」


 銀之字がリョウに飛びかかるが、片手でその巨体をねじ伏せる。


「ぐ、ぐぇ」


 腕を取って地面に押さえ込んだ時、ゴキリと音がした。多分銀之字の腕の肩の骨が外れた音だが、リョウは気にしなかった。


「目を覚ませや。悪女に引っかかって地獄で地獄を見たいのか?」


 その様を腰砕けで見ていた加根古は、眼の前にいる悪鬼羅刹のような男が自分の知る山内リョウだとは思えなかった。


 少し悪ぶってはいたが、こんな残酷なことができるようなタイプではないし、そんな体力も腕力もない、気のいい男だったはずだ────それが、女の顔に石をめり込ませ、自分より大きな男の腕の骨を外すようなバイオレンスな男になっていようとは。


 昔、地獄に堕ちた亡者は、その刑苦から魂が磨り減り、別人のようになったと言われていた。


 もちろん今では現実世界より快適なので、誰も魂が磨り減ったりしないのだが、リョウはまるで別人になったようだ。


 さっきまで話しをしていたリョウとは明らかに違う。


 容姿は同じだが、目つきが違う。まとっている気配が違う。


 いまのリョウなら容赦なく他人の子の頭を引きちぎってしまいそうだ。


「あの女はまだ死んでないし、自分で死ぬ勇気もないだろう。さんざん男たちを殺してきた報いだ。あの痛みを抱えたまま老衰もないこの地獄を彷徨さまよい続けりゃいい。ところであんた、あんな女でも助けたいと思うのなら行けばいいんじゃねぇか?」


 銀之字は外れていない方の腕でリョウを振り払い、藻掻く和恵の元に駆けた。


「和恵!! 俺が助ける!!」


その姿を認めて和恵は必死に声を張る。


「ぎ、銀さん! 助け……」


 しかし、走って来る銀之字の姿が、和恵の目の前で泡のように消えてしまおうとは。


「え」


 半顔を押さえながら和恵も呆然とする。


「あー。魂が浄化されちまったみたいだな。ま、そうだろうよ。地獄で心の底から他人を助けようっていう善人なんだから」


 再び痛みに苛まれて和恵がのたうち回る。


 リョウは加根古に「タバコ持ってない? 一本くれる?」と微笑みながら言った。


『この状況を楽しみながら一服するつもりか………鬼畜外道だなリョウちゃん』


 加根古さんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、懐からタバコを取り出した。


「で、YOUはどうして地獄に?」


 リョウに問われ、加根古は生唾を飲み込んだ。

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