第59話 リョウちゃん、目覚めが悪い。

 目覚めは最悪だった。


 なにか夢を見た気がするが、細かな所は覚えていない。嫌な夢だったことは覚えてる。


「よく眠れたでしょう?」


 東雲がにへらと笑うたびに、なにかリョウの胸中に怒りが満ちてしまうのは、きっと夢のせいだ。


「次は閻魔羅遮曠野処えんまらしゃこうやしょです。病人や妊婦に酒を与えて財産や飲食物を奪った者が落ちる所です」


「そうかい」


 リョウはどうしてもの立つ夢から覚めずにいた。


 寝起きの悪さも自覚しているが、とにかくイライラしている。


閻魔羅遮曠野処えんまらしゃこうやしょでは、亡者は足から順に頭まで燃やされ、その上で獄卒に鉄刀で足から順に頭まで切り刺されます」


「足から順番にする理由は?」


「さぁ。そういうしきたりでしたから。ま、今では病院街ですよ」


「病院!?」


 地獄の亡者は死ねばという間に蘇生される。


 それにここは魂の世界………肉体的な病気や障害はこの地獄では関係ない。全員が健常者なのだ。


 それなのに病院の必要性とは!?


「地獄に落ちてきた怪我した者達は死ぬまで回復できません。肉体のような自然治癒は魂にはないのです。なのでその病院では…………亡者を殺します」


「!」


「早い話が天国の指示のもと行われる亡者の安楽死ですね。さっくり殺し、さっさと蘇ってピンピンになってもらうための施設です」


「それは刑罰になるのか?」


「まぁ、一度死ぬってことでは刑罰かと。天国の連中は地獄にあれこれ口を出しますが、じゃあ傷ついた魂を治癒してくれと頼んでも消極的なんですよね」


「なぜ?」


「魂を治癒するというのは、肉体を治癒させるのとはわけが違いますから。ある意味、解脱げだつに近い行為ですからねぇ」


「げだつ?」


「はい。煩悩から解放され自由の境地に到達すること、ですね」


「悟りを開くってやつか?」


「うーん。ニュアンスで言えば生きながらにして輪廻転生すること、ですかね。生きたまま母の胎内に戻る、的な」


「おい、それ、猟奇的な光景しか浮かばないぞ………」


「想像力の欠如、ですね」


 東雲に皮肉を言われ、それでなくとも不機嫌なリョウはムッとした。


「別に母の腹を斬り裂いて中に入ろうって話じゃないんですが………ええと、ぶっちゃけると、あまり適当なことを言うと天国の方面から怒られるので、宗教的な部分には触れないでください」


「いや、お前が言い出したんだろ。ってか、バーテンに限らず、話のネタとして自分からしちゃいけないのは、政治の話、宗教の話、野球スポーツの話だぞ」


「ほう………なぜその3つなんです?」


「政治の話題はまず、自分が支持している政党と相手が支持している政党が違ったらもう喧嘩するしかない。だいたいこの手の話をしていくと韓国や中国とかアメリカとか、世界情勢とかナショナリズムにまで発展してノリが合わないと殺し合いになる」


「ほほう」


「次に今みたいな宗教の話題な。特に相手をよく知らないで宗教宗派の話なんてして悪口言ったら、もう………。狂信って言葉がある通りだ。あとは察しろ」


「ほほう」


「最後に野球の話題だが、誰だって自分が応援しているチームが一番だと思うわけだ。特にシーズン中の勝ち数に開きがあると、下のチームのファンからすると面白くないし、終いにゃ喧嘩になる。酔っ払って俺はアンチXXだ!と言った瞬間、ファンたちに捕まって神田川に落とされるぞ」


「なぜ神田川だけ伏せなかったんです?」


「野球に限った話じゃないけどな。注意しろよ東雲」


「神田川はスルーですか。それにしてもどうしたんですか? 今日は饒舌ですね」


「嫌な夢見たからな」


 覚えてる範囲で大雑把に夢の話をする。


 人は自分たちの手で人間界に地獄を作っていく………実に胸糞悪い夢だった。


「へぇ。で、山内さんはどう思ったんです、その夢を見て」


「ちゃんと善人には安らぎを。悪人には刑罰を与えてほしいね」


「………ほほう」


 東雲は「にへら」と笑った。


 もちろんその目は一欠片も笑みを含んでいなかった。

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