第58話 リョウちゃん、寝る。

 ホテル普闇処ふあんしょの一室。


 作りは和風だがベッドがあったので横になってみると、リョウは意外に疲れていることに気がついた。


 そして眠る。


 疲れすぎていたせいか、真の闇のせいか………理由はわからないが、リョウの眠りは浅く、妙な夢を見ていた。


 人間界では事件ばかりだ。


 独裁国家はICBMを打ち上げ「自国は強い」「報復が怖ければ経済制裁を解除せよ」と世界に迫り、ある大国は戦争準備に乗り出し、それを別の大国が牽制する。


 その独裁国家では国民が飢えている。彼らの労力はすべてミサイル開発に注ぎ込まれ、その生活に豊かさは欠片もない。


 日本のメディアがチョイスしない、つまり視聴率が取れそうにない凄惨な事件は、世界各地で起きている。


 自爆テロ。戦争。自然破壊。


 大なり小なりエゴが人を殺す。国、価値観、貧富、生まれ、信じる神………すべて様々に違うのが人の世界だというのに、歩み寄らないし交わろうともしない。それどころか常に他者と比べ、より強く、より上へと競いあい、足を引きずり合う。


 いまの地獄より、人の世界のほうがよっぽど地獄だ。


「人は自ら育てた地獄に食われて滅ぶ」

「人間界やめて地獄においでなさいな」

「酒はうまいしねーちゃんは綺麗だよ」


 眠る人々の耳元に囁いて回る天の御使いたち。


 それを見てリョウはこめかみに血管を浮かべて怒鳴り散らした。


 なんで天国じゃなくて地獄に誘致しようとしてんだ?


 お前が囁いてる今にも死にそうなそいつを見ろよ!


 見透かしの珠がなくてもわかる!


 親に捨てられ親戚からも除け者にされ、それでも必死に生きてきたのに、酔っ払い運転の車にはねられて死にかけだ!


 この子を見ろ!


 若い父親に「泣く声がうるさいから」という理由で殴られて死にかけている!


 この中学生を見ろ!


 なにも悪いことはしていない。ただ「みんなと合わない」というだけの理由でいじめられ、自分では解決しようがなくてビルから飛び降りようとしている!


 このサラリーマンを見ろ!


 職場でも家庭でも、使えない男のレッテルを貼られて行き場の無くなった彼は、それでも必死に働いてきた。周りが何を言おうと彼は頑張って生きてきた! それなのに理不尽に病死だ!


 なぜこの人間たちが天国じゃないんだ! こいつがなにをした! 生きていることが罪なのか!?


 天の御使いたちは「にへら」と笑いながらリョウを無視して次の人間の耳元で囁く。


「地獄においでよ」

「地獄は楽しいよ」

「地獄は最高だよ」


 こいつら、なにがしたいんだ!?


 咎人とがびとどもが、現世で死んでも地獄でのうのうと楽しめるなんて、間違ってるだろ!


 それに、よっぽど現世で他者に苦しめられた人々が、しょうもない罪のせいで否応なしに落とされる地獄などあってはならない!


 善き人は極楽に。悪しき人は地獄に。


 それがこの世の仕組みじゃないのか?


 苦しめられた人々の声が出て聞こえる。聞こえると言うより心に入り込んでくる。


 恨み、嫉み、怨嗟、憎悪、自棄、不安、焦燥、緊張、欲望、恐怖、後悔、無念、嫌悪、恥、軽蔑、嫉妬、殺意、劣等感、苦しみ、悲しみ、切なさ、苦悩、絶望、愛憎、空虚。


 苦しい。


 誰がこの感情を晴らしてくれるのか。

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