第51話 リョウちゃん、店長を助ける。

「ほら、もっかい入れよぉ~」


 猫殺しが新川くんの背中を蹴り、細いその体はよろめきながら燃える真鍮の雄牛へと押された。


「自分から入るんだよ、ほら、いけ」


 鳩殺しはまだ熱く焼けたファラリスの雄牛に触りたくないようで、新川くんに自ら入るように促しているが、はいそうですかと入れるような人間はいないだろう。


「これに入ってすぐ死ぬのと人間燻製にされるのとどっちがいいかって聞いたら、お前はこれに入るって言ったんだぜ? そう、お前が入るって言ったんだ。俺たちが強要したわけじゃあねぇよなぁ?」


 犬殺しが謎理論で武装した言葉を並べた瞬間、その頭を後ろから掴まれた。


「へ?」


 全員の視線が集まる中、犬殺しの顔面は黄金色に焼けた真鍮の雄牛に押し付けられていた。


「へぎゃああああああああ!!!」


 熱さで体が条件反射的に仰け反り跳ねるが、リョウは微動だにせず顔を押し付け続ける。


 こういう痛みに晒された場合、人間は普段出さないような馬鹿力を発揮して逃れようとするものだが、リョウは片手でそれを押さえつけている。


 リョウには武道の心得も何もないし、運動力も27歳飲食業としては「低い」方だ。おそらく50メートル走るのに12秒はかかる程度の運動能力しかないと自覚している。ちなみにこれは小学1年生女子の平均以下だが、毎晩飲んで寝て食って飲んで、という生活だけをしていれば誰でもそうなる。


 腕力自慢もない。


 大学デビューし、足立のリョウと呼ばれていた時代も大した喧嘩はしていない。


 足立のリョウという呼び名も、友人たちが面白がってそう呼んでいたに過ぎない通り名で、武勇伝があるわけでもない。リョウの落ち着いた物腰から「こいつに喧嘩売ると怖そうだ」という雰囲気勝負に勝ち続けていたに過ぎない。


 そんな男が、暴れまわる人間の頭を片手で抑え続けることができるだろうか。


 否だ。


 しかしリョウはそれができることを当たり前のように思っていた。


 なぜなのかわからないが、できる、と。


 熱で顔が爛れてぴくりとも動かなくなった犬殺しは、リョウに投げ捨てられて火をべてある焚き火の中に落ちた。


 周りの燻製の匂いとは明らかに違う、髪の毛が焼けていく嫌な匂いを生み出したリョウは、冷ややかな眼差しで鳩殺しと猫殺しを見た。


「てめぇら、うちの店長になにしてくれてんだ」


「リ、リョウちゃん!?」


 新川くんは突然現れた救世主を見て、喜ぶべきか驚くべきかわからない顔をした。


 新川くんの知っている山内リョウは、人にこれほどエグい仕打ちができるような男ではない。


 犬殺しを突き飛ばすだけで新川は助かるはずなのに、容赦なく顔を焼き、気絶したその体を火にべてしまう。そんな残虐性は仕事中に感じたことがなかった。


「ひぃ!!」


 鳩殺しと猫殺しが逃げていく。


 リョウはそれを追いかけようとしたが、新川くんが足につかまって止めた。


「リョウちゃん! どうしちゃったの! やばいよ、そんなことしたら!」


「あ?」


 リョウは歩みを止めて、足にしがみついた新川くんを見下ろした。


 冷たい眼差しに人間的な感情は一切入っていない。路傍の石頃を見るときでも、もう少し優しい目をするだろう。


「なんであんな連中のいいようにされてんだ、あんた」


「リョウちゃん………なのか?」


 新川くんはしがみついて止めたことを後悔した。


 今、眼の前にいるのは地獄に来て以来、見たこともない、本物の「鬼」のようであった。


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