第50話 リョウちゃん、キレる。

「なんで新川くんが?」


 リョウより年上の雇われ店長・新川くんは、その人柄から「さん」とは呼ばれず「くん」と呼ばれている。


 見た目がひょろいので頼りなさそうではあるが、お客さんと盛り上がり過ぎて暴走するスタッフを諌めるストッパー役としても、まじめな勤務態度からしても、酒の知識や店への貢献度からしても、オーナーであるMr・Jに認められて店長をしている男だ。


もともとバンドマン出身で、細身で長髪。


そんな新川くんは地獄に来て、黒い長髪は乱れ、痩せこけた体はより一層貧相になってしまったようだ。ぶっちゃけ亡者っぷりがこれほど板についた亡者は見たことがないな、とリョウは思った。


「なんで虐められてんだ!?」


 リョウが知る新川くんなら「ブチ切れると包丁逆手に持って襲いかかりそうなキレたら見境ないヤバさ」を内包していた。少なくともリョウにはそう見えていた。


それが亡者相手にされるがまま生死を繰り返しているなんて、信じられない。


「どうします?」


 東雲は「にへら」と笑っている。


「どうもこうも、お前、止めないのかよ」


「もぅ~。今までも言ってきたように、獄卒は亡者に手出しできないんですよ。お忘れですか? 酒と記憶も一緒に吐いて捨てちゃいましたか?」


「お、おう………」


「助けます? それとも次の地獄に行きます?」


「………次にいこうか」


「ほう。ちなみに助けない理由は?」


「いつ死んだのか知らないけど、新川くんが地獄にいるってことは悪いことして落ちてきたんだろ? しかも、ここって動物に酒飲ませて殺したやつが来る所だったよな。動物にそんなことして落ちてきたやつを助ける道理なんかあるのか?」


「なるほど。しかし彼の場合どうなんですかね?」


「は?」


「もぅ~。山内さんには便利な道具があるじゃないですか」


 東雲に促され、リョウは見透かしの珠を手に取った。






 店のボトルを酒屋に回収してもらう………そのとき、気を利かせて外に持っていくのを手伝った新川くん。


 一本のボトルがカゴから落ちて割れてしまった。しかもスタッフの誰が処理したのか中身が少し残っていた。


 酒は側溝に流れ、それをドブネズミが舐めるように飲んだ。


結構いける口だったようで、そのドブネズミは酩酊し、新たな酒を求めてフラフラと開店準備中の店の中に入ってきた。


「わっ!」


 ドブネズミは飲食業にとってゴキブリ以上の天敵だ。下手をすると保健所が入って衛生管理でメチャクチャ怒られるし、営業停止処分にもなりかねない。


「しっ!! しっ!!」


 新川くんは箒を使ってドブネズミを追い出した。殺す勇気はない。出ていってくれればいい。


 だが、まさか追い出した先で直ぐ様車に引かれるとは、思ってもいなかった。






「えーと、酒を飲ませて殺した……ってことになるのか? 事故じゃねぇか」


「それでも地獄の法に則ると、ここに来ることになるのですよ」


「じゃあそれはいいとして………なんで虐められてんだ」


「あのイジメている方の亡者たち、元ドブネズミなんです」


「はぁ!?」


「ここは時間軸がメチャクチャな世界ですからね。彼らはドブネズミから輪廻転生して人間になりながらも、動物にしてここに落ちてきたんです。ドブネズミだった彼らからすると、同族殺しでここに落ちてきた新川という方は目の敵というか……本能とか生理的とかで嫌いなタイプなんでしょうね」


「自分たちも他の動物に似たようなことしてここにいるのに、か」


「えぇ、全くです。右端の男は野良猫を捕まえて酒を強引に飲ませ、フラフラになるのを見て楽しみ、道路に捨てて車に引かれるのを見て笑う男でした」


「………」


「真ん中の男は鳩相手に似たようなことをしてます」


「………」


「左の男なんか、他人の飼い犬を誘拐しては、酒を注射器で直接体内に入れて殺し、わざわざ死体を元に戻すという………」


「糞どもが」


 リョウは二日酔いなどなかったかのように冷酷な眼差しで一歩踏み出した。


 その後姿を見送る東雲の笑顔を見ることがなかったリョウは幸せである。


 にへらと笑う東雲の、その邪笑たるや────。


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