第47話 リョウちゃん、髪火流処に連れ出される。

 カラオケ地獄普声処ふしょうしょ


 地獄巡り見学会のはずが、リョウは赤い服の阿傍羅刹あぼうらせつ【岩本猫又士】指導の元、必死に歌わされていた。


「おいこら! 音階とか知らないド素人なんだから上手く歌おうとするな! 心で歌え! 声に強弱つけろ! 感情豊かに聞こえるように誤魔化せ! 下手にビブラートとか意識してんじゃねぇ! そもそも腹式呼吸もできてねぇ分際でビブラートとか1000億年早ぇわ!!」


 岩本猫又士はテキーラとトマトジュースを割ったカクテル「ストローハット」を一気飲みしながらリョウに怒鳴りつける。


 しかし、その指導のとおりにするとカラオケの点数はどんどん下がっていく。


 そもそもカラオケの採点は音程重視だ。感情込めて癖のある歌い方をすればするほど点数は下がる傾向にある。


 もう何時間経過したか。


 最初は苦痛に感じていたが、どんどん酒が入り、取り巻きの女獄卒達からエロエロアピールされて舞い上がっていくうちに楽しくなってきた。


 出てくる酒は高い酒。


 フルーツ盛り合わせとかもどんどんやってくる。


 女獄卒たちは30分に一度入れ替わっていき、指名したらベタ付きで「ありがとう♡」とボディタッチが激しくなる。


 なんでも場内指名されると獄卒の手当がプラスされるそうだ。完全にキャバクラみたいなものだった。


「………もしかして六本木とか麻布で遊ぶのってこんな感じ?」


 リョウがマイク越しに尋ねると、岩本猫又士はニヤリと唇の右端を吊り上げるようにして笑った。「今、すごく悪巧みしていますけど何か?」という顔だ。


「そろそろカラオケも飽きたし、そっち方面の遊びにするかい」


「え」


 リョウは「余計なこと言った」と後悔したが、後の祭りだった。






 髪火流処はっかるしょ


 五戒を守っている人に酒を与えて戒を破らせた者が落ちる所。


 五戒とは在家の仏教信者が守るべき殺生せっしょう偸盗ちゅうとう(人のものを盗むこと)、邪淫じゃいん、妄語・飲酒おんじゅの五つだ。


 つまりお坊さんでもない仏教徒相手に、外見では判別できないというのに酒を振る舞ったら落ちてしまう地獄だ。


「それ、飲んだほうが心弱くてダメって話じゃなくて、飲ませたほうが落ちるんかい」


「おうよ」


 阿傍羅刹あぼうらせつの岩本猫又士は、東雲もいないのに新しい地獄にリョウを案内した。


 ムチムチキャピキャピの女獄卒達はさっきのカラオケ屋の専属らしく、一緒に行こうとリョウが誘っても出てこなかった。


「そもそも東雲抜きで来てよかったのか」


「あいつのことは気にすんな。で、ここの髪火流処はっかるしょに落ちた亡者は、熱い鉄の犬が足に噛み付いてきたり、鉄のくちばしを持った鷲が頭蓋骨に穴を開けて脳髄を飲んだり、狐たちが内臓を食い尽くす………って罰を受けたもんだ」


「で、いまは?」


「自分の目で確かめな────パーリナァァァァァァァァァァァァァァァァイ!!」


 バリトンボイスに呼応した地響きと共に、目の前に突然真っ黒な建物がせり上がってきた。


 あまりの出来事にリョウが呆然としている間に、岩本猫又士はカードを赤い服の内側から取り出して、真っ黒な扉の横に差し込んだ。


『あ、あれは会員しか持てないセキュリティカード! 六本木とか麻布の成金たちが通う年収制限があるクラブか!』


 リョウは噂には聞いたことがあったが、そういった会員制高級クラブに入るのは初めてだ。


「断っておくが」


 徐々に開く黒い扉の前で、岩本猫又士はニヤリと笑みを浮かべた。


「ここは地獄の半グレが仕切ってる治外法権だ。亡者ごときは絶対入れないし、一介の獄卒が来れる場でもない────つまり、天国もここまでは目が届かないってことだ」


「ってことは、本当の地獄が残っているってことか」


 リョウは生唾を飲んだ。

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