第45話 リョウちゃん、普声処に行く。

 現世でのオーナーにして地獄の獄卒Mr・Jに朝まで散々絡まれているリョウは「これが終わったら東雲に恨み節の一つでも噛ましてやろう」と思った。


 隣で淡々と酒を飲み続けている東雲は、Mr・Jとリョウの会話には全く立ち入らない。それどころか「腹が減りましたので」と言い残して「不死そば」という地獄そばチェーン店に逃げていった。


「Jさん、俺も腹減ったんで東雲と飯行ってきます。また今度呑みましょう」


 Mr・Jは睨みつけるようにして一瞥すると、東雲が立ち去ったのを見送ってから、立ち上がろうとするリョウの腕を掴んだ。


「いいか、リョウ。現世のよしみで忠告しとく。東雲には気をつけろ」


「え」


「あいつは────」


「山内さん、24時間営業の不死そばも今の時間は店内清掃で閉まっていました。仕方ないから次の地獄に行くことにしましょうか」


 東雲が戻ってきてひょこっと顔を出すと、Mr・Jは黙ってグラスを傾けた。


 リョウはオーナーが言いたかった事を聞くのと、東雲について行ってオーナーから逃れることを天秤にかけた結果「じゃ、そういうことらしいんで」と逃げる方を選択した。











 叫喚地獄のひとつ、普声処ふしょうしょ


 僧侶が修行中に気が緩んで酒を飲んだり、受戒したばかりの人に酒を飲ませた者が落ちる。


 昔は獄卒に鉄の杵で打たれて苦しめられ、その声が響き渡っていたらしいが、今は亡者たちの歌声が漏れ出すカラオケボックスが軒を連ねている。


 東雲はそのうちの一つ「カラオケ墓場」に入っていく。


 店名に多少ビビるリョウだったが、受付の女獄卒がめちゃくちゃタイプで、すぐに鼻の下が伸びた。


 安■■■恵と黒■■■サと柴■■ウと「えぇボディ・シリーズ」に出演するAV女優を3人くらい足して6で割った感じの美女で、セクシーで、スタイル抜群。接客の笑顔も最高。


 ネームプレートに書いてある名前は「末喜」で、その名前より大きく「まっきーと呼んでね♡彼氏募集中♡♥♡♥♡♥」とカラフルに書いてある。


 末喜という名前には覚えがある。


 中国の悪女の代名詞となっている女の一人だ。


「なぁ東雲。ここは日本の地獄だよな。どうして中国人がいるんだ?」


「あぁ、彼女は日本国籍になったんですよ。日本の獄卒と結婚しましてね」


「マジか」


「以降7人くらい旦那となった獄卒は亡くなりまして、いまは8人目の獄卒と交際中とか」


「それ保険金目的の獄卒殺しじゃないのか?」


 末喜は降伏のしるしとして、夏の最後の帝・けつに献上された娘で、一説によると最初から末喜目的で戦が起こったとも言われている。


 絶世の美女といわれた末喜は妃になり、そこからはもうぐだぐだのにゃんにゃん状態。そんな寵姫に溺れた悪王として桀は知られ、殷の紂王と共に「夏桀殷紂かけついんちゅう」と並び称される歴史上の大馬鹿となった。


 末喜の願いに応えるために桀は瑤台ようだい傾宮けいきゅうという巨大宮殿を建て、落成祝いで池に酒を満たして樹々に肉を吊るした庭でズッコンバッコン大騒ぎという「酒池肉林」をやった。


 そんな乱れた行いを諫めた賢臣を桀は殺し、のちに臣下の補佐を受けた英雄によって滅ぼされることになった。


 とにかく中国では「夏桀末喜」「殷紂妲己」「周幽褒姒」と並び称される悪女だ。保険金のために男を殺すなど平気でやりそうだ。


「いえ、それはないです。どの獄卒も幸せにお亡くなりになりました」


「そもそも亡者じゃなくて獄卒が死ぬって、どういうこと?」


「成仏するんですよ、獄卒も」


「マジか」


「ええ。特に末喜さんと結婚すると寝かせてもらえないほど毎晩強く求められるそうで、全員満面の笑顔で腹上死して輪廻していったとか」


「セックスマシーンかよ」


 末喜のウインクを背筋凍る思いで見ていると、東雲は部屋番号の書かれた札をかざした。


「さ、山内さん。カラオケと洒落込もうじゃありませんか」


「徹夜で呑んだあとに野郎と二人でカラオケとかキツイな」


「ふふふ。二人ではありませんよ」


「え?」


「そんな無粋なマネを私がするとでも? ご期待下さい!」


「それはピンク色なコンパニオンとかいるパターンか!? けどここは衆合地獄じゃないし……けど、エロ路線は……あるの!?」


 リョウは笑顔を隠さずに問い続けたが、東雲はにへらと笑うだけだった。

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