第44話 リョウちゃん、大吼処で焦る。

 かつては、亡者たちが苦痛のあまりに空まで届く咆吼をあげていたという叫喚地獄の一つ「大吼処だいくしょ」だが、今では立ち飲み酒屋のような店が地平線の果までゴマンと並ぶ「超巨大新宿ゴールデン街」のようだった。


 ここに火を放ったらまさしく地獄絵図が出来上がりそうな、とにかく火の周りが早そうなプレハブが所狭しと並んでいるし、あちこちから下手なカラオケが聞こえてくる。たしかに咆哮だ。


 道端にはネクタイを頭に巻いた亡者が、上司役の獄卒に叱られながらか一升瓶を抱きしめて嗚咽を漏らしている。


 ある意味、亡者が苦しんでいるのでちゃんと地獄していると言える。


 それはリョウも同じだった。


「お、お久しぶりでMr・J」


「おう。お前には色々言いたいことがある」


 リョウが勤めていたバーのオーナーは、怒っているのか、それとも内心笑っているのかわからない表情でリョウを睨みつけた。


 その鋭い眼光にリョウはたじろぐ。


「とりあえずビールな。


「は、はい」


 Mr・Jがオーダーするのと、お通しのきんぴらごぼうと温かいおしぼりが出てくるのは同時だった。


 スレンダー美人系女獄卒がウインクしながら去っていく。


「こんな場末の安酒場にあんないいねーちゃんいるなんて、おかしいだろ」


 リョウは思わずツッコミを入れたが、その声は限りなく小さい。


「感動のご対面ですねー。いやはや、私は邪魔でしょうし、どこかに………」


「まて、待って!」


 どこかに行こうとする東雲をリョウが引き止める。


 死後の世界でオーナーと会うのはまさに地獄。


 なにをどう話していいのかわからないので、東雲に助け舟を出したのだ。


「で、なに。リョウちゃんはなんで地獄なの」


「Jさんもですよ」


「俺はちげーよ」


「は?」


「俺、そもそも獄卒だから」


「はぁ!? って現世で店やってんのはなんなんすか!?」


「あれ、副業」


「嘘だろ………」


「いやぁ、まさかウチの従業員が孤独死して地獄に落ちるなんてなぁ。お、きたきた」


 セクシーな女獄卒がキンキンに冷えたビアジョッキに、いい具合に泡が注がれたビールを持ってくる。


「まずは乾杯だなリョウちゃん。地獄送り、おめでとう!」


「めでたくないんすけど……」


 ジョッキを重ねると、Mr・Jは一気に半分くらいまで飲んだ。


「いやね、俺、嬉しいんだよ。リョウちゃんがここに来たってことはさ、いろいろできることあんじゃん」


「まさか地獄で店出すとか」


「それもうあるから。あるに決まってるだろ。7店舗あるし」


「じゃあ、なにするんすか」


「今の地獄のことわかってるよな? 天国から規制されて全然地獄じゃなくなってる感じ、わかる?」


「そりゃあもう」


「これでもいいかなって最初は思ってたんだよ、俺は。商売できれば問題ないわけだしさ。だけど、よーーーーーーーーく考えてみたら、俺獄卒じゃん? 何やってんだって話になってさ」


「はぁ」


「どうにかして地獄でちゃんと糞みたいな亡者を苦しめて苦しめて苦しめ抜いて、その後仕事終わりの一杯を美味くしたいわけよ」


「わからんでもないですけど、ここじゃなくて現世行って仕事してくださいよ」


「あっちは副業だって言ってるだろうが。ヘラヘラしてんじゃないよ! 人の話聞けよお前。そういうとこだぞ!?」


「は、はい」


 ビールの味がしなくなってきた。


『この地獄、地味にきついぞ!』


 リョウは初めて地獄を地獄だと思えた。

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