第42話 リョウちゃん、温泉を愉しむ。

「あんたにも同情すべき点はある。子供の時から特殊な環境にいて壊されていたんだから」


 リョウは寂しげに言った。


「だけど、あんたがやったことは許されないし、ここでやってることも許されない」


 鎧甲冑姿の【片原せりの】の首を猫のようにつまみ上げる。


 それまでのやり取りを呆然と見ていた風呂屋の姫たちは、リョウの怪力っぷりにおののいている。


「なぁ、ここは風呂屋だよな」


 リョウに問われ、姫たちは無言で頷く。


「湯は沸かしてるのか? それとも温泉か? 匂いからすると温泉っぽいけど」


「お、温泉です。裏手に源泉がありますけど………」


「おう、ありがとよ。仕事頑張ってな」


 力なく項垂れる【片原せりの】を、裏手まで運んだリョウは、湯気と硫黄の匂いでむせた。


「何する気よ………」


 力なく問われたリョウは、低い声で言った。


「本当の地獄に落ちて、罪を洗ってこい」


 鎧甲冑のまま源泉に突き落とす。


 無気力の塊だった【片原せりの】でも悲鳴を上げた。


 一瞬で珠のような肌は赤く腫れ上がり、爛れていく。


 リョウもその湯気の多さから、とんでもなく熱そうな気はしていたが、さすが地獄温泉の源泉だった。


 おそらく沸騰する温度を遥かに凌駕した「地獄の源泉」だ。100度なんてもんじゃない熱さなのかもしれない。


 さすがの天国も、温泉の源泉まで『ぬる~くしろ』とは言わなかったようだ。


「ひぎゃあああああああああ」


【片原せりの】が泣き叫び、外に出ようと必死に泳ぐが、這い上がってくるところを、そのあたりにあった長い棒切れで突き飛ばし、また激熱の源泉に落とす。


 それを数回繰り返すと【片原せりの】は、ぷかりと温泉の水面に浮かび、ぴくりとも動かなくなった。


 だが、まだ生きている。


 顔は爛れてボロボロだが、微かに唇が動いている。


 亡者だから温泉から引き上げたらまた元の体に戻るのだろうが、痛々しさはハンパない。


「私、本当の名前は【片原せりの】じゃないの」


 力ない声が聞こえた。


「は?」


「それは芸名で、私の本当の名前は大嶽優」


「そうか」


「ね、私、ひどかったね」


「そうだな」


「なんで自分を大事にしなかったんだろう。なんであの人達を大事にしなかったんだろう。なんでこの子の気持ちがわからなかったんだろう」


 片原せりの、いや、大嶽優は温泉の中から波紋一つ生まずに現れた女を見た。


 大嶽優の幼馴染みに片思いし、その恨みを晴らさんと大嶽優を刺殺し自分も死んだ「片思いの女」だ。


 煮え立つ源泉から幾つもの人物が現れる。


 彼女を心の底から愛し、死んでいった者達。


 そこには彼女が幼いころ病死した実母もいた。


 その者たちの物悲しそうな眼差しを一つ一つ確認し「ごめんなさい」と涙する。


 熱で溶け落ちる眼球から涙が止め処なく溢れた時、大嶽優の体が光りに包まれた。


『許すよ』


 源泉に現れた人々の声が重なる。


 水面に光が溢れ、大嶽優を中心にその場にいた者達すべてが消えた。


 そして、源泉の水面は静かになる。大嶽優の姿もない。


「おや、山内さん、こちらでしたか? ってあれれ、【片原せりの】はもしかして成仏したんですか?」


 東雲が「うわ、熱い」と愚痴りながら寄ってきた。


「いまのが成仏、か」


「ちゃんと魂の奥底から反省したら昇天……まぁ、わかりやすく言うと成仏するんですけど、近年はなかなか成仏する亡者はいませんね。反省する必要もない温い地獄ですから。で、何したんですか?」


「さあ。温泉入っただけなんだけどな」


「へぇ。温泉ねぇ。ここ源泉ですけど」


 東雲はいつも通りにへらと笑おうとしたが、うまく笑えていなかった。

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