第41話 リョウちゃん、女の闇を見る。

 腹から背中に突き抜けた脇差しを半回転させ、空気を入れる。


 そして力任せに引き抜く。


【片原せりの】はこの男を確実に殺したと確信した。


 何人目だろう。


 地獄の風呂屋にいると、女目当ての男亡者がふらふらやってくるので殺したい放題だ。


 獄卒たちは亡者に手出しできないから黙認するだけ。


 亡者も殆どが武器一つ持っていないので、彼女に抵抗できた者はいない。


 亡者同士でいざこざを起こせば、罪が増すと言われてきたが、今のところ裁判官たちになにか言われたことも、罪を増されたこともない。多分ただの脅しなのだろうとタカをくくっている。


「男なんて所詮は女を食らい辱めるだけのケダモノ。その男たちを逆に糧にして何が悪い。私が求めたのは栄華と名声。それをあんな小物に殺されるなんて、人生最大の失敗だわ………」


「男使ってのし上がろうとしていたら殺されて地獄に堕ちてるんだから、まぁ、人生失敗だろうな。残念さーん」


「!?」


 驚く【片原せりの】を尻目にリョウは舌をだらしなく伸ばして「ベロベロバア」をしてみせた。


 「なんなんだお前は!! 確実に息の根は止めたはずなのに!!」


 「息の根、ねぇ」


 それにしてもリョウが驚いたのは、腹を貫かれて体に違和感はあったものの、まったく痛みを感じなかったことだ。今見ると腹の傷はなくなっているし、血の一滴も出ていない。


『俺、無痛症だったっけ………』


 そんなことはない。小指の先に小さな棘が刺さっただけでも大騒ぎするほど痛みに弱いはずだ。


 それなのに、どうして刀で貫かれても痛みを感じなかったのか。腹の傷がなくなっていたのか。血の一滴も出なかったのか。


 その答えを考える間もなく【片原せりの】の金切り声が耳の中に鳴り響いた。


「なんであんた、死なないのよ!!!」


「さぁ、なんでだろう」


 【片原せりの】は脇差しの刀身を見た。


 やはり


 どうして、どうしてと呪詛のように繰り返す【片原せりの】は、リョウの冷ややかな眼差しを浴びて腰砕けになってその場に座り込んだ。


 そして震える唇で声なき声で自分の人生を語っていた。まるで走馬灯をなぞるように………。










【片原せりの】は母親と血のつながりがない。


 母親は継母である。


 父親の連れ子だった【片原せりの】は、継母にとって「道具」でしかなかった。


 金と地位と名誉のため、ドス黒い悪意に満ちていた継母は、まだ幼い【片原せりの】を芸能界の男に売り、地位を得た。


 成長し、自立し、親元から逃れても、彼女の肉と愛液を求めてゲスな男たちが舞台裏で群がってくる。


 地位と権力のある男には抱かれてやった。


 純愛を振りかざす小物は波風立てないように気をつけながら断った。そういう輩が一番後腐れがあって面倒だと知っていたからだ。


 同じ業界でいらぬ噂を立てられないように、やんわりと本気の愛を断り続け、偽りの肉欲に身を捧げて地位を得た。


 だが、彼女の幼馴染みだけは違って、彼を大いにたばかった。


 自分を苦しめてきた「男」を蔑みたいがために、一番手っ取り早く近くにいる男、つまり幼馴染みを捕まえ、その純真を弄び、幸せの絶頂で惨たらしく捨てたのだ。


 純愛を信じ、結婚を申し込んできた時の、あの真剣な顔は今考えても笑える。


 だが、あんな金も名誉も地位もない男になんの価値があろうか。


 幼馴染みだからと言って、容姿面でも天と地ほどの開きがあるのに、この私がなびくはずがないと分かるだろう。


 なのに、あの男は分不相応な金額で婚約指輪を買ってきた。


 だから知り合いの半グレ「松井田」を使って拘束し、幼馴染みの目の前で松井田たち数人に喜んで抱かれてやった。


 幼馴染みは血の涙を流しながら呻いていた。あれは実に爽快だったと【片原せりの】は愉悦に浸った。






 翌日、幼馴染みは自殺した。






 器の小さい男だったから耐えられなかったのだろう。


 それから、心の底から【片原せりの】を愛して粉骨砕身してくれる男を定期的に見つけては、この世の地獄を味あわせ、捨てた。


 捨てられたあいあいとなり、あいとなる。その虚しさと絶望する男たちの顔が堪らなかった。


 そして、彼女は刺された。


 刺したのは捨てた男たちではない。


 自殺した【片原せりの】の幼馴染みの事が好きだったという、全く【片原せりの】とは無関係な女だった。


 おそらくその無関係な女の片思いに、自殺した幼馴染みは気がついていなかっただろう。それほどに彼は【片原せりの】に入れ込んでいたのだから。


 そんな幼馴染みを傍から見守り、苦しむ様を見て、自殺を止められなかったと悔いた「片思いの女」は、【片原せりの】が他にもたくさんの純真無垢な男たちを潰しているのを知り、激怒した。


 そして【片原せりの】を刺殺し、自分も喉笛を掻き切って死んだ。

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