第40話 リョウちゃん、汚い言葉を使う。

【片原せりの】は日本刀を抜き切って、リョウに切っ先を向けた。


 この時点でリョウは相当「むかっ」と来ていた。


 路上で刺殺されたかなんだか知らないが、ファンを名乗っただけでこの仕打ちは突飛すぎた。


「そうやってこの風呂屋に来た男たちを何人追い返してきたことか」


 東雲は「やれやれ」と続けた。


「彼女は男性不信なんですよ」


「男性不信だったら刀向けるのか」


 リョウは【片原せりの】を睨みつけた。


 好き芸能人は、突然自分に武器を向ける気狂いであるとわかった瞬間、嫌いな芸能人に


 見透かしの珠が【片原せりの】の情報をリョウに伝える。


 その内容は、思わず項垂れてしまいたくなるほど酷い内容だった。


 ステージママだった継母に枕営業をさせられて芸能デビュー。


 そのステージママとスポンサー広報部長と3Pもしたことがある。もっと酷い時は24時間代わる代わるたくさんの男たちに回されたこともある。どれも業界の重鎮たちだ。


 そのおかげで、役どころは文字通り口で八丁、手で八丁、股ぐらで八丁という具合で獲得してきた。「八丁」とは、八つの道具を使いこなす程の達者ということで、物事に巧みなことを表している。


 表舞台では清純派で通っていたのでそれを維持するように演じた。


 実生活は清純派とは程遠かったが、彼女は男に抱かれるのを全く気にしていなかった。


 気持ちよくもなんともない。


 ただ体の表裏をナメクジが這いずり回っているのを我慢しているだけでいい。それだけで、大きな役が舞い込んできた。気にする必要などない。


 そんな彼女を刺したのは、彼女が伸し上がるために利用し、自殺した男の関係者で、名前も覚えていない。


「あんなに愛し合っていたのに、あんなに幸せだったのに、どうしてあなたは他の男と! 彼が可哀想すぎる!!」


 ストーカーはそう言いながら、泣きながら、震えながら、【片原せりの】を何回も刺し、自らも命を絶った。


「必死に築き上げてきた芸能界の地位を、あんな小物に理不尽に奪われた。あなたはそんな小物たちと同じ感じがするわ」


「初対面で人のことを随分小馬鹿にしてくれるが、俺が見た限り、あんたこそ男の純情を糧に生きてた淫魔じゃねぇか」


「はん。私のなにを見たつもりか知らないけど、偉そうじゃない」


 当然【片原せりの】は見透かしの珠など知らない。


「なぁ東雲、こいつは獄卒じゃないんだよな」


「ええ、亡者です」


 東雲はにへらと笑いながら後ずさり「ちょっと外で一服していますので、プライベートなファンミーティングでもどうぞ」と店の外に出ていった。


「………あなた、亡者が亡者に何をしても自由って知ってるかしら?」


「黙ってろクソビッチが。口が精子クセェんだよ」


 我ながら汚い言葉を口にしたもんだと思いながら、リョウは【片原せりの】が持つ日本刀の間合いにズイっと入り、驚かせる間もなく刀の柄を握った。


 そこから刀を奪い取り、土間に放り投げるまで大した時間は掛けていない。一瞬だと言っていいだろう。


「!」


【片原せりの】はすぐさま脇差しを抜いた。その判断力と身のこなしの早さは驚嘆に値する。


 武芸の心得が何もないリョウが、その所作のスムーズさに見とれた瞬間、脇差しの切っ先はリョウの腹から肩甲骨に向かって突き出ていた。


「男はみんな死ねばいいのよ」


【片原せりの】はどんな悪女でも敵うまいと思えるほどの、鬼女が裸足で逃げ出しそうな邪笑を浮かべた。


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