第36話 リョウちゃん、準備運動をする。

 半グレとは「暴力団に所属せずに犯罪を繰り返す集団」で、堅気とヤクザとの中間的な存在だ。語源は「グレる」のグレ、「愚連隊」のグレ、「グレーゾーン」のグレとも言われている。


 メンバーは暴走族上がりの社会不適合者が多く「元メンバーやその知人らが人脈で集まり、体育会系の上下関係を構築して犯罪行為するグループ」とされている。


 半グレは、振り込め詐欺や闇金融、貧困ビジネス、違法な産廃の運搬業、地下クラブや似非芸能プロダクションの経営、非合法出会い系サイトの運営など、殆どのメンバーが資金獲得活動シノギを行っている。


 彼らと暴力団の違いは「暴力団ではないので暴力団対策法の適用を受けないこと」「活動の匿名性が高いこと」「所属員の年齢層が低いこと」「人員供給が容易いこと」だろう。


『………ってのを闇金シマウマくんって本で読んだことあるけど、こいつが頭なのか?』


 リョウは漠然と思っていた────大したことねぇな、と。


 ここは地獄。


 生前の筋力や知力、身体的有利不利はここでは関係ない。あるのは「魂」の有り様。それだけなのだ。


 そして松井田武志という男は、リョウが恐れるほどの威圧を魂が持っていないのだ。


 逆に何人なんびとたりとも威圧するリョウの魂が異常とも言える。


「おめぇ、そんなもん持って俺をビビらせようってのか、ああん?」


 松井田は立ち上がり、手に持ったブランデーのボトルを机の角に叩きつけた。


 が、割れない。


 もう一度叩きつけるが、割れない。


 さらに叩きつけてようやく割れたが、殆どが割れてしまい手元に残った部分はほんの僅かで、武器としてはなんの意味もない。


 そのしょぼい様子を半目で眺めていたリョウは、手元が狂い回していたアイスピックを足元に落としてしまった。


 仕方なしにしゃがみ込む。


 松井田は内心ニヤついた。


 松井田からは『戦意喪失して武器を捨て土下座』しているように見えたのだ。


 しかしリョウは、ただ単に指の間で回していたアイスピックを落としてしまったから拾いに行っただけだ。


 その差異が悲劇を呼んだ。


 松井田はしゃがんだリョウの肩に足を載せて「もっと頭を下げんかい」と言い放ったのだ。


 キャストの女獄卒たちは目を背けることなく、いや、むしろ喜々としてその様子を見逃すまいと瞬きも忘れて見入った。


 ぐしゅっという音がして、アイスピックが松井田の足の甲に突き刺さった。リョウの肩に置いた足とは逆の、軸足となっている方だ。


 じわりと足の甲が熱くなり、突き立ったアイスピックを見た瞬間に痛みが襲い掛かってきた。


「ひぎぃ!!」


 リョウを蹴り飛ばしてしゃがみ込む松井田だったが、蹴られたリョウは微動だにせず立ち上がり、逆に松井田の頭に足を載せた。


 動けない。


 足の甲に突き刺さったアイスピックは床まで貫通しているし、頭に載せられた足はびくともしない。


「すいませんおねーさん。アイスペール借りてもいいですか?」


 優しげに言うリョウの目は少し笑っていた。

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