第32話 リョウちゃん、鉄串で責める。

 鎚之中つちのなか潜太郎せんたろうは、自分に何が起きたのかわからなかった。


 テーブルに置いていた手は、おイマちゃんの手をそっと握るために出していたものだ。


 その手の甲に鉄の串が突き刺さり、テーブルを貫通して動かすことも出来ない。


 どくどくと泉から湧き出るように赤い血がテーブルを汚していき、初めて鎚之中つちのなかは「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」と絶叫した。


 店の客も店員も、その様子を遠巻きに無言で見守る。


 BGMで流れている平曲へいきょくが、琵琶で平家物語のクライマックスを掻き鳴らしている。実に居酒屋に相応しくない選曲だが、この場面には最高に似合っていた。


「なに俺の焼き鳥食ってんだてめぇ」


「や、や、や、焼き鳥食っただけだろうが!!! ここまでするか!!」


「なんでてめぇがここの席にいるんだ。呼んだ覚えはねぇぞ」


「それはあんたが俺の女を連れ出したから仕方なく!!」


「私、あんたの女じゃありませんから」


 おイマちゃんは憮然と言い放ちながらも、苦痛にゆがむ鎚之中つちのなかの顔を見て、わくわくと喜びが抑えきれず、唇の端が笑みの形に変わっていった。


「あんた東大なんだって? そんだけ頭良けりゃあ、物の道理くらいわかるよなぁ?」


「ち、ちが。俺は東大寺大学だから!」


「出世頭のエリート商社マンなんだろ?」


「違う! 本当は事務だ! 経費処理担当だから!」


「女に見限られた男の方が悪いってことでいろんな男付きの女を手篭めにしてきたんだろ?」


「そ、そ、そ、そんなこと………なんで知ってんだ。てかこれ抜いてくれよ!!」


「知ってた? 亡者同士のいざこざに獄卒は不介入なんだってよ」


 リョウは焼き鳥を一気に頬張り、鉄串を鎚之中つちのなかの手首に突き刺した。


「ぎゃあああああああああああ!!!」


 今までこの男に最愛の彼女を取られてきた男たちの憤り、簡単になびいてしまい幸せを失ってしまった女達の悲しみ、そういった負の感情が流れ込んでくる。


 リョウに、硬いプラスチックテーブルの天板に鉄串を貫通させるような馬鹿力は、ない。


 だが、今のリョウは山内リョウに在って山内リョウに非ず、という鬼気迫るオーラを纏っていた。


 店にいた亡者たちは思った。


 ────あれが本来この地獄にいるべき「鬼」の姿なんだろうな、と。


 店にいた獄卒たちは思った。


 ────あれが地獄にいる獄卒の正しい姿なのに、と。


「払う! 焼き鳥代払うから、許してくれ!!」


「今までお前に女を寝取られてきた男たちにも同じこと言うのか?」


 リョウはまた焼き鳥を一気に頬張った。


「まて、まて! やめろ! それ刺すの、やめろおおおおおお!!」


「おイマちゃん、どうすればいい?」


 リョウは鉄串をくるくる回しながら女獄卒に尋ねた。


「獄卒ですから、私の口からはとても言えませんが、私のお尻を触っていた手とか、このイヤラシイ目つきだけは我慢できないですね」


「こっちの手かな」


 リョウは、有無を言わさず鎚之中つちのなかの貼り付けていない手にも鉄串を突き刺し、もう片方の手と一緒にテーブルに貫き止めた。


「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」


 のたうち回る鎚之中つちのなかだったが、テーブルはびくともしない。


「あと、目だったけ」


「やめろ……やめてくれ」


「敬語はどうした」


「や、やめてください。お願いします、なんでもしますからああああああ!!」


「死んでもすぐ元の体で復活するから安心しろ? な?」


「は?」


 キョトンとする鎚之中つちのなかの左目に鉄串が突き刺さり、体がビクビクと震える。


 痙攣はすぐに収まり、鎚之中つちのなかはテーブルに突っ伏した。


 リョウが鉄串を全て抜き取ると、鎚之中つちのなかは傷一つない姿でガバッと起き上がり、顔面蒼白になってよたよたと店から逃げ出した。


「ふん。じゃあ乾杯しようか」


 リョウはビアジョッキの中身を一気に流し込み、嬉しそうにしているおイマちゃんとグラスを重ねた。

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