第31話 リョウちゃん、助け舟を出す。

「ほんとにやめてもらっていいですか」


 女獄卒は自分の尻を撫で回す鎚之中つちのなか潜太郎せんたろうの手を払い除けた。


「おやぁ? いいのかな~? 獄卒が亡者にそんなことしていいのかなぁ~? 天国にチクっちゃうとやばいんじゃないのかなぁ~?」


「…………そういうこと、亡者同士でやってくれませんか」


「嫌だよ。あいつら抵抗できるじゃないか。その点、君たち獄卒は俺たち亡者に何されても文句言えないわけだしぃ~」


 そのやり取りを見ているうちに、リョウと東雲の元に酒と肴がやってきた。


「串盛りください」


 リョウは追加注文し、東雲が頼んだクエン酸サワーのジョッキと乾杯する。


「山内さん、ちょっと私はかわやに行ってきますので、どうぞ飲み食い楽しんでください」


「ああ」


 心ここにあらずなリョウは、東雲がスッと消えるのも見ず、女獄卒と鎚之中つちのなかのやり取りを見続けていた。


 他の亡者や獄卒は嫌そうな顔をしているが、女獄卒に助け舟を出すつもりもないらしい。


 バーでこういう時どうしていたかというと、ストレートに注意するのがセオリーだが、それでも言うことを聞かない場合は追い出す、もしくは別の馴染みのお客さんに移動してもらって助けてもらう。


 今の立場だとこの店の店員でもないので追い出すことは出来ないが、助け舟は出せる。


「お、久しぶり!!」


 リョウはビアジョッキを持って女獄卒の後ろに立った。


「え?」


 二人が振り返る。


「おイマちゃんじゃない。久しぶり!」


 女獄卒はあっけにとられた顔をした。


 見透かしの珠で見えた女獄卒の名前は、今参局いままいりのつぼね。室町時代の女性で室町幕府第8代将軍、足利義政の乳母とされていた人物らしい。


 そんな歴史に名を残している人が、こんなところでOL風スーツファッションを着込んだ獄卒をやっていると誰が想像しただろう。


「なにあんた。俺がこの子は話てんだけど」


 鎚之中つちのなかが憮然と言い放った。


「あ? 知り合いに話しかけちゃ悪いって法でもあんのか?」


「い、いや」


「なにこの男。おイマちゃんの知り合い?」


「いえ」


 女獄卒………おイマちゃんは、リョウの助け舟に乗る気でいるようだ。


「あ、そ。あっちで飲まない? 獄卒の東雲も────いまはトイレ行ってるけど、いるからさ」


「そうですね!」


 おイマちゃんはすくっと立ち上がり、自分のグラスを持ってリョウたちの席に来た。


 呼んでないのにさも当然のように鎚之中つちのなかもいるが、あえてリョウはそれには触れず、おイマちゃんを自分の隣に座らせて鎚之中つちのなかの手が届かないようにした。


「へい、串盛りおまち!」


 焼き鳥が来た。


 竹串ではなく鉄の串に挿してあるのが粋ではないが、今はこちらのほうがありがたいな、とリョウは内心ほくそ笑んだ。


 おイマちゃんの心中は、実は早くこの店から出ていきたかった。


『そもそもこのなれなれしい亡者は誰? なぜ私の名前を知っているの? 獄卒の東雲って言ってたけど、なの!?』


「で、さ。おイマちゃん? イマって呼んでいい? 今夜の予定なんだけどさ」


 リョウを目の前にして、鎚之中つちのなかNTRネトリ根性が俄然燃え上がっている。さらにリョウが注文した焼き鳥に手を伸ばし、勝手に食い始めた。


 その手の甲に、鉄串が突き刺さったのはそのときだった。



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