第30話 リョウちゃん、誤嚥(居酒屋)に行く。

「まずは腹ごしらえですよね」


 東雲がリョウを連れてきたのは「誤嚥ごえん」という店名の居酒屋だった。


「なんか食い物を気管に飲み込んでしまいそうな店名だな」


「経費で落としますから、じゃんじゃんお食べください」


 店に入ると、長身の男が元気よく「いっしゃい! ぉつかれ! どうも!」と語尾にアクセント強めで応じた。


「………」


 リョウはその店員を見て目を細めた。


 なぜか店の入口で四つん這いになって、その尻に回転する自転車の前輪が当たっている。


「あ、彼は獄卒ではなく、亡者のセイヤ君です。この店の看板係ですね」


「とんでもねぇ看板だな………しかし、やっとここにきてまともな刑罰を見ている気がする」


「刑罰? いえいえ。あれでも時給2500円ですし、本人の性癖も満たされて一石二鳥らしいですよ」


「バイトかよ!」


 呆れつつ店内に入ると、仕事終わりの獄卒やら亡者が焼き鳥を食べ、酒を飲み、和気あいあいとしている。


「………なんで獄卒と亡者が仲良く酒飲んでるんだ」


「勤務時間外ですから。私クエン酸サワーで」


「そもそも勤務って概念がおかしいんだよな。地獄なのに────俺はビールと梅水晶な」


「むむ。あそこで獄卒がナンパされてますなぁ」


「ナンパ? あぁ、あの有楽町を歩いてそうなOL風の………って獄卒なのかよ。おいおい、ナンパしてるの亡者じゃねぇか。どんだけ舐められてるんだよ獄卒」


 亡者は椅子を女獄卒の方に寄せて、肩をくっつけながら「な、いいだろ? な?」と何かを迫っている。


 ははは、と愛想笑いをしながらかわそうとしている女獄卒は、こめかみに血管が浮き上がるほど怒り心頭のようだ。


「獄卒が亡者に手出しできないからっていい気になっているようですが、女性とは言え獄卒が本気で殴ったら頭なんてトマトより簡単に破砕できちゃうんですよ」


「ふーん………」


 東雲の説明はリョウの耳にあまり入ってこない。


 亡者は女獄卒のタイトスカーツの尻に手を伸ばし、さす~り、さす~りと表面を撫で回している。


 見透かしの珠を取り出して、亡者に向けてみる。


『この女、すぐ犯れそうだぜ。この前食った獄卒はゆるゆるだったからな。これくらい細身の方が締りが良くて良さそうだぜ』


「山内さん、その珠………」


「え」


 東雲は身を乗り出してリョウに向き合った。


『大きな声では言えませんが、相手の心の中を見透かすだけじゃないんですよ。ちょっとした宝珠なので、相手の経歴とかも見れる代物なんですよ』


『マジか』


 再び亡者に珠をかざす。


 氏名:鎚之中つちのなか潜太郎せんたろう

 最終学歴:東大寺大学:通称「東大」

 職業:商社マン

 死因:刺殺

 罪状:未婚・既婚を問わず女性を口説き、性交渉を繰り返す。NTRネトリ趣味があり、恋人がいる女性を口説き落とす方が断然燃える。問題になったとしても「俺のほうが東大(東大寺大学)出のエリート商社マンだし、女に見限られた男の方が悪いと思うが、なにか?」という論法で逃げ切っていたが、サイコパス気質の男を敵に回してしまい、刺殺されて地獄に落ちる。




「なぉ東雲さんよ。獄卒ってのは勤務時間外でも亡者に手を出せないのか?」


「はい、勤務時間外でも、亡者の人権は守られます」


「亡者同士は?」


「亡者同士の争いに時間の制約はありませんし、獄卒は関知しません」

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