第7話 リョウちゃん、チクる。

「俺、ただのバーテンなんで」


 リョウは引き気味に美熟女から離れた。


 しかし、湯船に乳をたゆたうと浮かべて美熟女は文字通り肉薄してくる。


「富子よ」


 唐突に名乗られ、リョウは「ああ」と思いだした。


 応仁の乱を引き起こした日本三大悪女と名高い歴史上の人物の名前だ。


「あなたと私なら地獄の国盗りもできると思うの」


「いや、結構です」


「最近の若い子は野心がなくてつまらないわ」


 そうではない。


 リョウのバーテン経験から、他者を利用するだけして必要がなくなったら冷酷に切り捨てる女は腐るほど見てきた。この美熟女がその系統であるのは感覚的にも、そして歴史的にも証明されている。


 地獄にまで堕ちてそんな目には会いたくないし、国盗りなんてものには興味がない。


「俺は先に失礼します」


「あら、残念ね」


 富子がゆらゆらと優雅に手を振る中、リョウは湯船を出て湯船の際に置いていたタオルを腰に巻いた。


 そしてその足で、湯船を大きな板でかき回している獄卒────鬼のところに行く。


「はい、なんでしょう!?」


 額に汗しながらえっちらおっちら板を回転させている獄卒が、三流SF映画に出てくるクリーチャーみたいな容姿には似合わない温和な声を出す。


「あそこにいる女、地獄の国盗りしようって言ってました」


 チクってみた。


「ああ。あいつはいろんな罪が重複していて、あちこちの地獄をたらい回しにされてる極悪人でね。ほっといていいよ」


「てか、こんなヌルい刑罰でいいんすか」


「え?」


「あの女のせいでどれだけの人間が死んだか。間接的にも相当殺してるわけでしょ? 温泉浸かってまったりさせてていいんですか」


「はいはい、山内さん、どうしましたかー」


 東雲が現れる。


 突然湯けむりの中からヌッと出て来るあたり、瞬間移動でもしているのだろうか。


 リョウはそれに大して驚きもせず、獄卒にしたのと同じような説明をした。


「心中お察ししますけど、まぁ、ご時世なんです。亡者に強く出れないんですよ」


 なぜか「獄卒は」を強調してくる。


「それって、亡者同士ならいいってことか?」


「まぁ、このあたりの地獄は、昔は亡者同士も殺しあう殺伐とした所だったし? 天国も亡者同士のいさかいについてはなんの規則も決めていませんし? 前にも説明したとおり、死んだとしてもすぐ生き返りますし? 好きにしても良いんですけど………一つ問題が」


「なに?」


「亡者と言えど、地獄で罪を犯せば罪状がマシマシで刑期が伸びたり刑罰が増えたりします。他の亡者を殺せば殺すほど………」


「なるほど」


「この先、山内さんが心底憎く思える亡者ともたくさん出会うと思いますけど、どうするのかはアナタ次第です。わざわざ無関係な歴史上の人物相手に手を汚すのは感心しませんがね」


「………」


「それと」


「?」


「案外、正義なんですねぇ」


「うるせぇ」


「いや、いいんですよ。ほんとにどうしようもない亡者は腐るほどいて獄卒も扱いに困っているところですから、亡者同士で殺っちゃってくれるのは有り難いところではあります。けど………」


「わかったよ。罪を重ねるより、さっさと成仏したい」


「ご賢明です」


 リョウはいまいち釈然としない気持ちのまま、浴衣に着替えて鶴の間に戻った。


「?」


 乱雑に脱ぎ捨てた自分の服の上に、自分の持ち物ではないものが置いてある。


 拳大の水晶玉だ。


「なんだこれ」


 手にしたところで女中が襖越しに声をかけてきた。


「ご夕食をお持ちしました」


「あ、はい。どうぞ」


「失礼しまーす」


 襖が開いて三人くらいの鬼女が入ってくる。


 湯船をかき回していた獄卒と同じくクリーチャーだ。


 大きな舟盛りに刺し身が盛り付けられていて、一人で食べられる量ではなさそうだ。


「というか亡者にこんなごちそうを?」


 酒も出てきた。


「はい、亡者の皆さんは刑場でお疲れでしょう」

(まったく、なんで亡者にこんないいもの食わせないといけないんだか)


「ん」


 女中の声にちょっと遅れて、同じ声がリョウの脳裏に入ってきた。


 耳から聞こえるのではなく、頭に直接ささやかれている気分だ。


「どうしました?」

(なんだい、この亡者は。私のことジロジロ見て。まさか欲情してんじゃないだろうね。うちは逢引屋じゃないんだから、まったくもう!)


 リョウは水晶玉を畳の上に置いた。


「はい、配膳終わりました。なにか御用の際はお呼びください」


「ええ。あの─────」


「はい?」


「ラム酒あります?」


「いえ、そういった洋物はちょっと」


 水晶玉を手にとってみる。


「バーボンは?」


「ございません」

(日本の地獄で洋酒頼んでんじゃねぇよ、まったく!)


 確信した。


 この水晶玉は、相手の心の中が聞こえてくる品だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます