第6話 リョウちゃん、瓮熟処に行く。

瓮熟処おうじゅくしょは動物達を殺して食べた者が落ちるところでして。ほら、獄卒が亡者たちを煮てるでしょう?」


「あれ露天風呂だよな。鬼が湯を板で混ぜてるけど、草津的な感じか?」


「そうとも言いますね」


「激熱の熱湯風呂か」


「いえ、様々なクレームに善処した結果、八大地獄の熱湯は全部40度になりましたので、快適な入浴が楽しめますよ」


「………さっきのサウナといい、なんなんだ? やる気あるのか地獄」


「だからご時世なんですって。獄卒は天国からかなり厳しく労働基準法について言われてますからねぇ」


「てか、動物を殺して食べるとか全人類だろ」


「大概の人は屠殺してませんからそうでもないですよ」


「肉の業者さんたちの何が悪いってんだよ。もっとあんだろ、詐欺とか殺人とか盗みとか戦争とかさ! そんな大罪を取り締まれや!」


「それが────あ、はい、もしもし。東雲です。はい、はい………」


 案内人は耳に手を当てて誰かと話を始めた。


「まさかワイヤレスイヤホンマイクかよ」


「………はい、それでは早急に。はい、失礼します、はい、どうもー、はい」


 ペコペコしながら通話を終えた東雲は、いやー、ははは、と苦笑いしながらリョウの肩に手を置いた。


「ちょっと私、緊急会議に召喚されまして、案内は明日ということでよろしいでしょうか?」


「じゃあ俺はここの露天風呂に入ってりゃいいのか」


「そうですね。右手に旅籠がありますので、お名前を言っていただければ泊まれるようになっています」


 それだけ言い残すと、東雲はペコペコ頭を下げながら煙のように消えてしまった。


「………」


 残されたリョウは、仕方なく旅籠に向かった。


「はい、山内さんね。鶴の間にご案内~」


 なんとも肉付きのいい和服美人に案内されて、一人部屋にしてはかなり贅沢な一室に通される。


「温泉に行かれる際は浴衣がこちらに。あ、温泉まんじゅうをお召し上がりになって糖分を取ってから行ってくださいね」


 額に角がある美人は、お茶を淹れたらそそくさで出ていった。


 本当にどこかの旅先の旅館みたいだった。


『仕方ない刑務だ』


 リョウはニヤニヤしながら浴衣に着替え、バスタオル片手に露天風呂に向かった。


 風呂に入る前に体を洗い、準備万端で湯に体を沈める。


 くぅぅ~~~~!


 生き返る、という表現がここで正しいのかわからないが、とても気持ちいいお湯だ。


「おや、お若いのに湯治ですか?」


 湯けむりの向こうから声をかけられたリョウはドキッとした。


 声の主は妙齢の女性だった。


 これが本当の美熟女と言うべきだろう。


 ただ若作りしている女ではない。年と共に脂が乗った色香も放ちつつ美しい。


「地獄には男女の区別はないんすか」


「あら、そうよ? もしかして初めてかしら?」


「ええ、まぁ」


「あなた最近の方?」


「1990年生まれで、27歳で死にました」


「あら、本当にお若いのね。私は1440年だもの」


「!?」


「永享12年生まれなんだけど、あなたは?」


「い、一応平成です」


「ふふふ。私は名家生まれで、16歳で将軍に嫁いだのよ。当時は普通だけど今では完全にロリコンよね。ねぇ、身の上話、聞いてくださる?」


「え、ええ」


 ずいと近寄ってくる美熟女にリョウはドキドキした。


「将軍との間には子供も生まれたけどすぐに亡くなってしまって。けど、ひどいのよ。将軍の愛人が毒殺したの。許せないでしょう?」


「そりゃ………お気の毒で」


「毒殺だけにお気の毒………ふふ、面白いわ」


「いや、洒落たつもりはないんで」


「私としてはその愛人を島流しにするくらいが関の山。ついでに側室……側室ってわかります? 4人もいたので全員追放しましたわ」


「ほぅ」


「その後なかなか男子が生まれなくて、将軍は実の弟を後継者に据えることにしたのよ。そしたら聞いてくださる? その翌年に男児を産めましたの。なんで直系の息子が跡継ぎにならず、一度僧侶になった男をわざわざ俗世に戻してまで後次にするのか、意味がわからないわよね」


「はぁ」


「それで守護大名に相談を持ちかけましたら、将軍の弟と守護大名が戦争し始めて、応仁の乱ってことになっちゃって」


「え、あの有名な?」


「あら、あなたの時代でも有名なの? ほほほ」


 ほほほ、じゃない。


 10年あまり続いた応仁の乱は、京都を焼け野原に変えてしまう大被害をもたらしたはずだ。


「まぁ私は両軍に金銭や米を施して、というか貸し付けて、喧嘩をやめて両軍を止めて、と触れ回っていたのですが、乱の一因のくせに両軍に貸しを作って私腹を肥やしてるって俗物共がうるさくなりまして一揆も起こったんですのよ」


「………」


「将軍とはなんだかんだで別居しましてね? 名前を出すのもアレなやんごとなき方と恋に落ちたり、あ、そうそう。息子は将軍になたのですけど、酒と女に溺れ、まつりごとはガン無視。私にまで「うっせぇクソババア」だなんて遅れてきた反抗期になっちゃって………25歳で死んでしまいましたけどね。ふふふ」


「あ、あんたが?」


「まさか! 目に入れても痛くない我が子ですよ! 放蕩しすぎて腐ってしまったのですわ………。けど、これからが大変でして。私の妹の子を次の将軍につけたりね」


「なんかいろいろすごいっすね」


「でしょう? なのに妹の子も私と対立してしまい、仕方ないので殿方によよよと泣きついたら明応の政変が起きまして」


「………」


「まぁ私は1496年まで生きてたんですけど、別に悪いことはこれっぽっちもしていませんわ。勝手に室町幕府が衰退していっただけですもの」


「えーと、将軍家で権力を振るい、京都を荒廃させ、その戦いの最中に蓄財に励んで…………客観的に見るとすげぇ悪女っすね」


「そう言う俗物も多くいましたが、そんな輩に私のは触れませんでしたわ」


 美熟女はリョウの手をそっと取り、湯船の中に潜らせた。


「!?」


 触ってはいけない女性の股間に、自分の手が誘われた。


「あなた、私と一緒に地獄の国盗りをしませんこと?」


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