自警武装組織マスティマ

 リット・スケイル達三人は、九死に一生を得て保護された。

 だが、駆けつけたのはU3Fの艦艇ではなく、巨大な輸送船だった。船齢せんれいゆうに百年は経っているであろう、ボロ船である。

 だが、周囲の兵達に誘導されて落ち着いた場所でリットは息を飲む。

 そこには、謎の部隊が暗躍するにふさわしい光景が広がっていた。


「中身は最新鋭? って訳でもないだろうけど、これは……!」


 広大な貨物スペースには今、整然とダイバーシティ・ウォーカーが並んでいる。ソリッド系と思しき機体は、帰還したものを合わせて10機程だ。三重になってるメインハッチが閉じると、気密チェックのあとで空気が満たされる。

 スーツのヘルメットを脱ぎながら、リットは改めて周囲の光景に目を見張る。

 外から見るとロートル船、その中身はさながら移動基地だ。

 かたわらのバリス・バッカードやカティア・カッティも一様に驚いている。

 特にカティアは動揺も顕で、自然と漏れ出る声は震えていた。


「くっ、連中は……こんなにも力をつけていたのか? このままでは……」

「おい、リット! こいつぁ……海賊とかってレベルじゃないぜ。どこの軍隊だよ」

「……マスティマ。U3Fの一部が離反りはんに近い形で結束した、自警武装組織じけいぶそうそしきさ」


 ずらりと並んだDSWは、制式採用前の先行量産型であるアーキソリッドだ。性能はぼちぼちだが、コストが折り合わなかったためデチューンしたのが、今の軍で使われているソリッドである。明るくも暗くもないグレイで塗られ、どの機体も右肩がビビットなオレンジ色に染められている。恐らく、乱戦時の視認性を考慮しているのだろう。

 それくらいはリットでも見ればわかるのだが……奥の見慣れぬDSWが視線を奪った。


「なんだ? あれはさっきの……マスティマの悪魔飾り。初めて見るタイプだ。まるで大昔の彫刻じゃないか」


 無骨なアーキソリッドの中で、その機体は異彩を放っていた。

 優美な曲線を多用したデザインは、兵器というよりは美術品を思わせる。それをことさら強調しているのは、頭部にあしらわれた悪魔像ガーゴイルだ。蝙蝠こうもりの翼を広げた悪魔は、灰色のDSWにフィギュアヘッドとして収まっていた。

 白でも黒でもない、灰色。

 まるで新たな色を招くために塗られた下地の色だ。

 まじまじと奇妙なDSWを見詰めていると、不意に背後で老人の声が響く。


「好奇心は人を殺すよ、少年。まあ、やましいことはないので口封じの心配はないがね」


 振り向くとそこには、白髪頭しらがあたまの老人が立っていた。周囲で銃を持つ男達同様に、U3Fの軍服を着ている。だが、よく見ればその軍服はばらばらで、多種多様な部隊が集まった寄り合い所帯のようだ。

 彼等は皆、右腕にオレンジ色の布を縛っている。

 それだけが互いを仲間と認識するためのもののようだ。

 にこやかな笑みを浮かべる老人にリットが向き直った、その時だった。

 横からカティアが小さな身体を押し出す。

 無重力の中で彼女は、ゆるやかに飛ぶ弾丸となって老人に吸い込まれた。


貴方あなたは……ヒューロス中将! 貴方までもがマスティマに!? U3Fきっての良識派と言われた貴方が!」

「その良識に従えば、結果はこうもなる。君は確か……ふむ、マーレン君の部下に昔、小さな女の子にしか見えない娘が。そう、カティア君だ。カティア・カッティ君」

「反乱部隊が、マーレン・サイビットの名をうたうな!」


 カティアの剣幕は相当のものだったが、老人は詰め寄る彼女をやんわりと遠ざけた。

 リットの目にも、ヒューロスと呼ばれた男が好戦的には見えない。むしろ、穏やかな目をした隠者いんじゃのようだ。

 リットの視線に気付いたヒューロスは、片手でカティアの頭を抑えて遠ざける。

 カティアは必死に手足をばたつかせていたが、無重力の格納庫に浮かぶだけだった。


「諸君の生命と権利を保証しよう。私は自警武装組織マスティマの、まあ……顧問こもんの先生みたいなものだね。ヒューロス・メルクーリオだ、よろしく。君は、ええと」

「リットです。リット・スケイル。こっちは友達のバリス・バッカード。彼女については……貴方の方がよくご存知のようですが」

「随分と落ち着いているね、リット君。まあ、確かに……さ、カティア君。そろそろ君もみっともない真似はやめたまえ」


 見かねた周囲の兵が、カティアをヒューロスから引き剥がす。

 手荒な真似をしないようにと言うヒューロスは、静かにリット達へ向き直った。


「我々マスティマについては、どれくらい知っているかな? 情報統制もあって、市民には正確な情報が伝わっていないようだが」

「U3F内部の反乱部隊ということですが……そうなんですか?」

「反乱ではないのだが、現状の指揮系統から離れた組織という点では同じだねえ。だが、我々はU3Fに敵対する存在ではない。U3Fが真っ当な軍隊である限りはね」

「真っ当な? まともな軍隊ってことですか? ……まともな軍隊なんてあるんですか」


 思わずリットは語気を強めてしまった。

 日頃から歴史を勉強しているから、わかる。軍隊とはとどのつまり、国家の自衛と利益のために存在する暴力装置だ。今という時代では、木星圏の治安維持を名目に国連軍が創設した部隊が、U3F……Universal United Universe Forceだ。

 だが、軍隊の歴史は戦争の歴史であり、終わらぬ戦争こそが軍隊に必然性を与えていた。

 そして、今もこの木星圏は不安定な中で軍事力によって抑圧されている。

 そのことを口にはしないが、ヒューロスは「ふむ」と唸って講釈を始めた。マスティマの顧問教師を名乗るだけあって、流暢りゅうちょうな語り口は優しく耳に心地よい。


「少年、まず現状の認識を私なりに説明すると……U3Fは真っ当な軍隊ではないし、残念ながらそれは我々マスティマも同じだ」

「ご自身を正当化しないんですか?」

「そうだね、むなしいからよしておこう。だが、知って欲しい。毒をもって毒を制す、ではないが……木星圏の混乱を見過ごせない有志の集まり、それが自警武装組織マスティマだ」


 バリスがしきりに感心したように頷いていた。感化されやすく単純なのは、彼の短所であり美徳だ。軍人志望にとっても恐らく、軍隊のありかたという授業のテーマは興味を引くのだろう。彼が小難しい話を黙って聞くのを、リットは初めて見る。

 だが、すぐにカティアがキンキンと声をあげた。


「ヒューロス中将! 子供に嘘を吹き込まないでもらおうか! 軍隊とは規律を重んじ規則を守るものだ。なにより、軍事力は法で縛られることで成立する。貴方ともあろう人が、文民統制ぶんみんとうせいを知らぬ訳がっ……マスティマなど、軍隊の体裁ていさいをなしていない!」


 文民統制、いわゆるだ。

 軍事力はすべからく、所属する国家の法によって管理され、行政府の命令でのみ行動することができる。つまり、軍隊は命令がなければ動いてはならないし、命令は必ず守らなければいけない。なにより、政治的判断を自ら下すことはできないのだ。それをやれば、旧世紀に乱立した軍事政権の再来を招き、過去の悲劇を反芻はんすうするだけになるだろう。

 だが、リットの中でなにかが引っかかる。

 そして、そのことを口にしたのは彼ではなかった。


「では、問おう……カティア少佐。今のU3Fをコントロールする法は実行力があるのですか? 今の木星圏に、U3Fを統制して律する政治力があるでしょうか」


 透き通るような声音だ。

 美声と言ってもいい。

 誰もが振り返る先で、パイロットスーツの女性が歩み寄ってくる。女性だと人目でわかるくらいに、曲線と起伏で構成されたシルエットが柔らかい。触れずとも感触を伝えてくる痩身そうしんは、ヘルメットを脱いで長い髪を周囲に広げた。

 可憐な美貌を凍らせた、怜悧れいりな少女の素顔があらわになる。

 強い意志を込めた彼女の視線を受けて、カティアは絶句し……取り乱して叫んだ。


「お前は……! あ、いや、今はか! ……ち、違う、彼女は五年前に……はっ! ま、まさかお前が――」


 謎の少女はわずかに片眉かたまゆを震わせた。

 だが、意味不明なカティアの言葉に動揺を見せようとしない。

 リットはただただ、パイロットの少女に視線も思惟しいも奪われる。

 彼女は静かに、しかし強い口調で言い放った。


「私はマスティマ。この組織のおさであり、全て……この組織に集う意思そのもの。私達マスティマは真っ当な軍隊ではないでしょう。しかし、少佐……法的な手続きにそぐわぬ軍隊の方が、なんのしがらみもなく民を守れるという矛盾むじゅんをどうお考えか」

「そ、それは……!」

「今、U3Fの内部が軍閥化ぐんばつかしています。一部の人間が私利私欲で権限を乱用し、とある大企業と癒着ゆちゃくしていますが……そのことについてはどうお考えか!」


 少女はマスティマと名乗った。

 この組織の名を背負っているのだ。

 リットは、彼女の凛冽りんれつとしたたたずまいに納得した。彼女はそういう役を演じているのだとも思った。では、先程のラティーラ・ラフティというのが本名なのだろうか?

 そんなことをぼんやりと思っていると、ヒューロスがパンパンと手を叩く。


「まあ、とりあえずその辺にしよう。リット君といったね? そっちは、バリス君。残念だが今すぐは解放できないが、拘束も監禁もしないので安心してくれたまえ。まあ、社会勉強だと思って少しこの船に付き合って欲しい」


 すかさずマスティマと名乗った少女が「中将」と視線を走らせる。

 だが、静かに彼女を手で制して、ヒューロスは語り続けた。


「我々はまあ……善意による愚連隊ぐれんたいみたいなものでね。今のU3Fができなくなってしまったことをやっているつもりだ。そして、必要とあらばU3Fそのものを正さねばならない。そのことを皆、自分の目で見て、自分で考え判断して欲しい。君もだよ、カティア君」

「中将……かつてはU3Fにその人ありと言われた貴方が!」

「この歳まで退役もさせてもらえぬまま、組織に尽くしてきた。最後くらい、私のわがままで私なりに善処してもいいはずだ。それが終わったら……年寄りなりにつぐないを考えてみるつもりだよ」

「それは独善だ! ……マスティマとか言ったな、お前は何者なんだ? 何故、あのラティーラの……いや、よく見れば違う。だが、お前はマーレン大佐のなんなのだ!」


 カティアの問に、マスティマは答えなかった。返事もせず、周囲の整備兵に二言三言の連絡事項を残して去ってしまう。

 リットには、遠ざかる華奢な肩が震えているように見えた。

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