第8話 毒草混じりの食べ放題セット 08(終)

 対象は20代前半の男。あれほど体調が悪そうに見えたというのに、男はクラブハウスを出た途端、人間離れした脚力で走り始めた。


 恐らくは既に、足にも発症による変化が訪れている。17番はそう察すると、自分よりも足の速いミィに目配せをした。ミィは大きく頷くと、先回りをするべく別の道に走り込んでいった。


 時刻は21時過ぎ。クラブハウス付近は緩やかに包囲されているとはいえ、検問が行われているわけではない。ここで逃がしてしまえば、民間人に大きな被害が出てしまう。17番はぐっと足に力を込め、スピードを上げた。その後ろを控えめについてくるのは33番だ。


「1ブロック先を右折」


 ミィからの簡潔な指示が通信機から響く。


「33番、バックアップをお願いします」


 そうやって指示すると、17番は一気に対象との距離を詰めた。飛びかかろうとした17番に気付き、対象は右側に避ける。スピードが落ちたところを狙って、33番は飛び上がり、対象の目の前に着地した。


 対象は咄嗟に右手の細い道へと走り込んだ。しかしそれこそが17番たちの狙いだ。


「そーれっ!」


 人通りのない道で待ち構えていた化物姿のミィが対象に抱き着く。その衝撃で対象の骨はいくらか折れただろうがむしろ好都合だ。17番はコートの下から縄を取り出すと、素早く対象の手足を縛り上げた。


 17番は耳につけた通信機を押さえて問いかける。


「こちら17番。対象を捕縛しました。処分しますか?」





「ネコたちが対象を捕まえたそうだ」


 店の入り口付近で通信を受けたロウは、トシヤたちに伝達する。


「処分するかを聞いてきてる。シジマ、どうする?」

「初期症状であれば連行して『活用』したいところですが――現状を見てみないことには判断しかねますね。現場に急ぎましょう」


 活用。その言葉にトシヤは表情を硬くする。連行後、彼はカミガカリ病の治療のための研究材料にされるのだろう。しかし一度発症した人間は二度と元には戻らない。つまりは恐らく死ぬことを前提とした実験に『活用』されるはずだ。


 シンゴのいる前ではシジマに真相を尋ねるわけにもいかず、苦々しい思いを抱えながらトシヤは拳を握りしめた。


 ネコたちに繋がる通信機の向こう側から、妙な音が響いてきたのはその時だ。


 何かが噴き出る音、苦しそうな怪物の咆哮、誰かが咳き込む音。


 トシヤとロウは顔を見合わせ、通信機に向かって叫んだ。


「どうした、ミィ!」

「17番、応答しろ!」





 発症者を追い詰めた細い路地。捕縛された発症者の横に、ミィと17番も苦しそうに倒れ込んでいた。


 二人の傍らにはピンの抜かれたグレネードが落ちており、その先端からはまだ緩くガスらしきものが噴射されている。


「何故ですか……」


 息も絶え絶えになりながら17番は必死で体を起こす。震える腕で体を支え、目の前に立つ少女を睨みつける。少女は冷たく二人を見下ろしていた。


「――33番!!」

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