ショートストーリー:定食屋かしわぎ
ある日のこと。
店を閉めたにもかかわらず、店内にはさゆりさんと俺のほかにも人がいた。これははじめてのことだ。調理服をきた角刈りのおじさんと、割烹着をきたまんまる体型のおばちゃんと、背が高くてスタイルのいい、スーツをきた男性の三人がいる。
おばちゃんは愛想がよさそうだけど、男性二人はどちらもムスっとしていて怖い。
「冬馬くん、こちらは商店街の人気定食屋かしわぎを営んでいるご夫婦です」
「どうも」おじさんは見た目通りに無愛想だ。
「はじめまして、柏木です。今日はよろしくねぇ」
「えっと、よろしくお願いします」
と返事をしたものの、何がよろしくなのかわかっていない。さゆりさんから説明を受けてないからだ。
「そして、そちらの男性は、定食屋かしわぎのファンの方、だそうです」
「はじめまして、椿と申します。定食屋かしわぎの味に魅了されたものの一人です。一応、広告業界のリーディングカンパニーといわれている企業の副社長をしております」
「はじめまして、私は喫茶リリィの店主の宮野さゆりです。そして、彼はアルバイトの宇垣冬馬くんです」
「どうも、宇垣です」
リーディングカンパニーとかよくわかんないけど、副社長をやっているくらいだからすごい人なんだと思う。カリスマオーラをばしばし感じるくらいだし。
「宮野さんに宇垣くんだね、よろしく」
「よろしくお願いします。……それで、今から何を始めるんすか?」
「ごめんなさい、冬馬くんに話すのを忘れていました。この度、かしわぎさんに唐揚げの作り方を教わることになったんです」
さゆりさんによると、喫茶リリィのメニューに、定食屋かしわぎの唐揚げ定食を追加することになったらしい。
さゆりさんはジジィトリオに触発されて向上心が増し、よく料理の研究をするようになった。常連さんに頼まれたときだけに定食を作っていたけれど、多くのお客さんにもしっかりご飯を食べてほしいとも考えていて、定食をメニューに追加することにしたらしい。
定食を商品化するためにアドバイスをもらおうと、相談相手に選んだのが柏木さんご夫婦だそうだ。いろいろと相談していくうちに、喫茶リリィにかしわぎの唐揚げ定食を提供すればお互いにメリットがあると気づいたそうだ。。
喫茶リリィで唐揚げ定食を出せば、喫茶リリィの客はよろこぶし、定食屋かしわぎの宣伝にもなる。椿さんいわく、お互いにメリットのある関係のことを、win-winというらしい。
「ということで、今から柏木さんに唐揚げの作り方を教えていただきます! 冬馬くんも一緒に習いましょうね」
「はい!」
こうして、定食屋かしわぎによる料理教室がはじまった。
「まず鶏肉の下ごしらえからだ。一番大事なのは肉の切り方、次に下味だ」
「は、はい」
鶏肉の切り方から細かいアドバイスをされるけど、包丁に慣れていない俺はまったくついていけない。かしわぎのおじさんには「あぶなっかしい」と注意されてしまう始末。
「冬馬くん、だったかな? 包丁に慣れていないようだから、無理しなくていいよ」
「おばちゃん、ありがとう」
かしわぎのおばちゃんがサポートしてくれて、なんとか衣をつけるところまでやりきることができた。 油であげるのはさすがに危ないからと、俺はキッチンが追い出されてしまった。
ちなみに、かしわぎファンの椿さんは、ずっとテーブル席に座ってパソコンをいじっている。……この人、何しにきたんだろ?
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