2.いじめっ子といじめられっ子~母と娘2~

 さゆりさんによると、さゆりさんは八百屋の娘・実可子ちゃんを赤ちゃんの頃から知っているらしい。年の離れた妹のように可愛がっていたのだとか。


「もしかしたら、さゆりちゃんの言うことなら聞いてくれるかもしれませんね」と石川さんは言う。


 たしかに、実の姉のように慕う人間の言葉だったら、心に響くかもしれない。


「……そうだといいですけど。冬馬くんの意見も踏まえ、もう少し解決策を考えてみましょう」


 結局この日は、話がまとまらないまま解散となった。


――数日後の朝、いつものように喫茶リリィで開店準備をしていた。開店時間となり、外に出て、プレートをひっくり返そうとしていると、なぜかさゆりさんにひき止められた。


「冬馬くん、入り口のプレートはクローズのままにしておいてください」

「え、どうしてですか?」

「今日は……実可子ちゃんをここに呼ぶことになったんです」

「実可子ちゃんって、あの八百屋の?」


 さゆりさんは無言で頷いた。

 大きくてつぶらな瞳は悲しみに揺れている。


「昨日、鈴木さんが実可子ちゃんのお母さんにいじめのことを話したそうです。白井さんは“娘がいじめたという証拠もないのにおかしなことを言うな”と怒って、口論になってしまったらしくて。それで、実可子ちゃんをここに連れてきて、話を聞き出そうってことになりました。お母さんは、休憩室でこっそり会話を聞くそうです」

「なんか、もめそうな展開になってますけど……大丈夫ですかね。少なくとも鈴木のおっさんはいないほうがいいと思いますね、俺は」

「それが、すごく張り切っちゃっていて。とても”来ないで”なんていえる雰囲気じゃないんですよね……」


 温厚で心の広いさゆりさんも、さすがに困った顔をしていた。

 さゆりさんを悩ませるなんて、あのくそジジィ許せん。


「まあ、とにかく、こうなった以上うまくやるしかないですよね」

「はい。冬馬くん、なにかあったらフォローよろしくお願いします」

「……できるだけ頑張ります」


 俺にできることなんてあるのか? と思いつつもそう答えた。 

 クローズの状態にしているにもかかわらず、ジジイトリオは今日もモーニングにやってきた。いつもよりも口数が少ないのは、やはりこれからやろうとしていることが関係しているのだろうか。


 ジジイトリオが帰っていくと、店内にはさゆりさんと俺の二人だけになった。さゆりさんとじっくり話せるチャンスなのに、あまり話しかける気になれなかった。


「今日は二時頃に実可子ちゃんのお母さんがやってきて、三時ごろに私が実可子ちゃんを連れてきます。その頃にはお三方もいらっしゃると思いますので、私が留守の間はよろしくお願いしますね」

「わかりました」


 留守を任せられても、できることはお水とおしぼりを出すくらいだ。いまだにコーヒーの淹れ方や料理の作り方は教わっていない。俺もいつかはさゆりさんのようにサイフォンを使えるようになってみたい、とひそかに思っている。


「……そうだ。二時まで時間があるので、サイフォンの使い方、練習してみます?」



「ちょうど、サイフォンを使えるようになりたいって思ってたんですよ!」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る