1.新卒サラリーマンに癒しを。~一週間後~


――一週間後、ランチタイム終わりがけの時間帯に小林さんが再来店した。

 今回は、溝口さんに似た優しそうなおじさんと一緒だ。前回と同様、テーブル席に座っている。


「すみません、水出しアイスコーヒーを二つください」

「かしこまりました」


 小林さんは、笑顔ではきはきと注文していた。前回とはまるで別人のようだ。


「ここのコーヒーはとてもおいしいんですよ」

「そうなのですか。僕はこの辺に住んでいるんですけどね、こんなところに喫茶店があるなんて知りませんでしたよ」


 水出しアイスコーヒーを席まで持っていくと、二人の世間話が聞こえてきた。

 二人ともとてもリラックスした様子で、会話を楽しんでいるようにみえる。


「今日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。今回ご紹介させていただくのは、保険料が上がらないタイプのものです」


 テーブルの上に資料を広げると、小林さんは、できるだけ難しい言葉を使わずに説明していた。堂々と話す彼は、誰がどう見ても“営業”だった。さゆりさんは穏やかに笑って、カウンターから二人を見守っている。


「――とてもわかりやすかったです。家内と契約する方向で相談させてもらいますね」

「ありがとうございます! 何かご質問があればいつでもご連絡ください。お待ちしております」

「こちらこそありがとう。あと、貴方の言う通り、こちらのコーヒーはとてもおいしかったです」

「ありがとうございます!」


 コーヒーの味をほめられ、なぜか小林さんが嬉しそうにしていた。前回はお客さんだけ先に帰ってしまったけれど、今回は二人一緒に出るようだ。レジで精算を終えた小林さんが「また来ます」と呟くと、連れのお客さんも「僕もまた来ようかな」と続けた。


「はい、いつでもお待ちしております。本日はありがとうございました」


 俺とさゆりさんはおじぎをして二人を見送った。


「なんか、こういうのいいですね」

「こういうのって?」

「うまくいえないっすけど。人と人が出会って、繋がって、また新しい出会いが生まれる、みたいな。その瞬間に立ち会えて嬉しいって思います」


 氷だけになったグラスを片づけながら、感じたことをそのまま話してみる。もし友達に聞かれていたら、間違いなくからかわれそうな台詞だ。

 自分でもこんなクサイ言葉を口にしてしまうなんて思わなかった。


「――人と人を繋ぐ場所、それが私の目指す喫茶店なのかもしれません」 


 さゆりさんの言葉は、心にまっすぐに響いた。人と人を繋ぐ場所、か。すべての喫茶店がそうであるわけじゃない。むしろ、喫茶リリィのような店は数少ないと思う。たいていの人が知り合いと会話を楽しむため、あるいは一人で仕事や勉強、読書をするために喫茶店を利用するだろう。知らない人や店員と関わりを持ちたいなんて求めていないと思う。


 それでもさゆりさんは、喫茶リリィを“人と人を繋ぐ場所”にしたいのだと思う。そして俺は、そんな彼女の夢を応援したいし、彼女の喫茶店に出会えてよかったと心から感じている。

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