第86話 筆談

 変化があったので、それを前任者に言うと安心したらしい。

 良かった、と呟いていた。

 うん、良かったよ。

 でも、意思疎通が図れないと困るよな。

 そう思った私は、次の日は紙とペンを持って行き渡した。

 いわゆる筆談だ。


 指には力が入り、文字は書ける。

 こっちが聞くことに対して、筆で答えてくれる。

 だけど、「どうして声が出ないのか」と聞くと、指は動かず返事はなかった。

 すると、今度はカズキから質問してきた。

 『そのメガネはどうしたの?』と。

 私は素直に答えてやった。

 「伊達メガネだよ。これを外して歩いてると、モテて困るんだよ」

 笑ってた。

 笑い声の出ない、笑いだった。

 だけど、演技でもない、

 その笑いは自然な感じを受けた。


 しばらく笑わせていたが、一向に笑いが止まらないので口を開いた。

 「本当に伊達なんだよ。そんなに笑うなっ」


 そう、私はメガネを掛けてる。

 裸眼で2.0だったのが、今ではメガネを掛けて過ごしている。

 メガネを掛けてると雰囲気が変わり、別人になる。

 一時は、左目だけコンタクトをと考えた事もあったが、止めた。

 暗いオレンジ色を極々薄めに差したレンズを嵌めたメガネにした。

 右側のレンズには度の入ってないレンズを。

 左側のレンズには、蓋つきのレンズを。

 皆には「診察をする時だけ、蓋を開けます」と言ってる。


 当初は思いっきり抵抗があったが、今では慣れた。

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