第85話 入院患者は学生時代の仲間

 私はエドと相談しながら、自分の家でクリニックをする事にした。

 エドがボスをしているスペシャル病院の付属クリニックとして。

 医師は私を含め3人、ナースは常駐が3人でバイト2人の5人だ。

 メインは私だが、まだスペシャルの契約スタッフだから、付属クリニックなんだ。めんどくさい手続きや問題が、それで解決されるのだから万々歳だ。私にとっても、病院に建物を貸してるという形になるので、賃貸料が私に入ってくる。


 住む所は、同じ敷地内にある奥の離れ。

 ジェフェリーが住んでいた家には、遠方からの患者のために付き添いの人も住めるように2階部分をキッチンとバストイレ付きの3部屋にリフォームした。


 ちょうど遠方からの患者が入院してくるという、1月のある日。

 ジェフェリーが私にナイフで切りつけてきた。

 その時に助けてくれたのが、その入院予定の患者と付き添いに来た2人の日本人だ。


 ジェフェリーは、私を憎んでいた。

 それはそうだろう、なにしろ彼を追い出したのは私なのだから。

 私の母から金を騙し取ったのだから、追い出されても当然の事だろう。

 ちょうど良い、こいつでテストさせてもらおう。

 こいつは、ついさっき私にナイフで切りつけてきたんだ。

 その償いとして、身体で払ってもらおうか。

 そう思っていたけど、警察が監禁したので実行には移せなかった。

 残念……。

 私は、助けてくれた2人の日本人を見て驚いたが、あっちは私に気が付いてない。まあ、別にいいけど…。


 『声が出なくなった』という事で、入院になった。

 患者の方はカズキだった。

 どうして声が…。

 そういった症状になった経緯は分からないが、担当医は私ではない。

 付き添いとして一緒に来てるユタカも、何も分からないので藁をも縋る気持ちでここに来たらしい。日本の医者からは、誰からも匙を投げられたらしい。


 数ヶ月経った。ある日、「数ヶ月経ってもなんの変化が見受けられないので、日本人同士の方がいいのかも…」と、担当医であるロンが、私に担当を替わって欲しいと言ってきた。付き添いで来てたユタカは、どうしても手が離せないということで、イタリアへ飛んだみたいだ。


 そして、担当が私になった。

 ドイツ語で英語でフランス語でと言葉を切り替えて話しかけても反応がない。

 フランス語はカズキの好きな、得意な言語だ。

 どうしたのだろう。

 仕方ないので、日本語で話すことにした。

 普通に話したって反応は薄いし、無いに等しかった。

 第一、目が死んでる。

 一体、何があったんだ?


 その日。

 私はカズキの顔をじっと見ながら、メガネを外し口を開くと日本語で話した。

 「…カズキ。私が分かるか?」

 あの頃の声音で言う。

 ぼんやりとした表情のカズキに変化は見えなかったので、もう一度言う。

 今度は、命を下すように低く声を出した。

 「カズキ、私の顔を見ろ」

 暫らくすると、カズキの目が見開き涙が溜まってくるのが見えた。

 唇が動くのが見える。

 だが、声にはならなかった。

 「ボス」

 そう言いたかったのだろう。何度も何度も唇が動き、私に抱きついて泣き出した。それは、泣き声を伴わない、静かな泣きだった。


 でも、それを機に、ぼんやりとしてた表情は元気に、死んでた目は生き生きとしてきた。あの頃のように。

 それでも、まだ声は出てこない。

 だが、表情が変わったので良い方向に向かうだろう。

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