第75話 壁ドンされる

 気が付くと、そこは病室だった。

 どこの病院だろうと思ったが、なかなか思い出すことが出来ず、人の気配を感じたのでそちらを向くとニックがいた。

 ニックは腕を怪我したのか包帯が巻かれてある。

 ん…、私はどうしたんだろう。

 すると、ニックは私が目を覚ましたことに気が付いだのだろう、何処かにコールしてるのが見える。

 しばらくするとマスターが病室へ駈け込んできた。

 まずはニックに向かい「このままオフィスに行ってくれ」と言ってるのが聞こえる。ニックは、すぐに出て行った。


 次は、私の番だ。

 「自分がどうなってここに居るのか、分かるか?」

 そう聞いてきたが、私には分からないのでキョトンとしていた。

 でも、次の言葉を聞くとショックを受けた。

 「銃撃戦に巻き込まれ、撃たれたんだよ。それに…」

 しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 言いにくそうに、言ってきた。

 「トモ。私は、メスが持ててのドクターだと…、そう思っているんだ」


 何を言ってるのか分からない。

 「トモの…」と言ったきり、また黙る。

 意を決したのか、早口で言ってきた。

 「オファーが来てるところには、私が断っておく。1週間後には退院だ」

 勝手に言いたい事を言って、出て行った。


 ほんとに、なんのことかさっぱり分からなかった。

 退院が1週間後だって、どんな理由で入院なのか言って欲しいね。

 夜半になると、目が冴えて病室から出る。

 廊下を歩いてると、うめき声や泣き声が聞こえてくる。

 彼らも、銃撃戦に巻き込まれたのだろうか。


 私は自分の身体の異変に気が付かないまま、巡回をし始めた。

 子供から年を召した人まで、たくさん居る。

 子供は「怖い、怖いよ…」と言っては震えてるので抱いてやろうと思い、持ち上げると抵抗してくるが、「大丈夫だよ」と言いながら背中を優しくポンポンと叩いて抱きしめてやる。すると、安心したのか寝てくれる。

 (まるで康介が死んだ時の、優介のようだ)と思い出していた。


 夜の巡回をするようになり3日ほど経つと、ジョンがマスターを連れて病室にやってきた。いきなり怒鳴られた。

 「なに勝手なことやってる!自分の身体がどうなってもいいのか!!」

 と、アンソニーは言ってくれるが、私にだって言い分はある。

 「そう言うのなら、どうして入院が必要なのか教えてほしいね」と言い放してやる。

 「回診に来てるだろ」と言うが、誰が来てるんだ?

 当然、私の答えはこれだ。

 「NO!誰も来ない」

 続けて言ってやる。

 「誰も来ないし、誰も何も言わない。もう一度聞くが、私はどうして入院してるんだ?入院の必要はあるのか?」

 すると、ジョンが口を挟んでくる。

 「マスター。何も言ってあげてないのですか?」

 「うるさい。黙れ!」

 ジョンは私に聞いてくる。

 「回診の時間が何時なのか、知ってますよね」

 「もちろん」

 変だな、眼科の先生は知ってるはずだ。オペしたのだからと、ブツブツ言いながら、ジョンは電話していた。

 まて、今ジョンは眼科って言ったのか?


 すると、ジョンの大きな声が聞こえてきた。

 「…なにバカなこと言ってる!日本人だろうが、どこの国の人間だろうが関係ないだろ!」

 珍しくジョンが怒鳴ってる。

 マスターがジョンの電話を引ったくり答える。

 「とっとと、回診に来い」

 ドスを効かせたつもりだったのだろう、少し掠れた感じの低音ボイスだった。

 「私には、その権限はある。オペだけしてフォローは無しか?

 …オペの時は気が付かなかっただと?1度もフォローもせずに退院させるつもりか?診察は?それらも無しで、それでもドクターか?」

 マスターが、アンソニーが泣いてる。

(嘘だろ。こんな事で泣きながら電話なんて。お前、ここのボスだろ!)


 「…分かった。ドクター、これは命令だ。これから自分の荷物を纏めて里へ帰れ!お前を解雇する。文句は言わせない。ボス命令として、5分後に解雇通知をボードに貼り出す!」

 まったく、チャイニーズやジャパニーズは嫌いだとさ。


 (なんて奴だ。この位のことで解雇なのか?アンソニー、お前ボスだろっ!他の手を考えろ)

 そう思っていたらイライラしてきた。


 ジョンに携帯を返したアンソニーは何かを取り出し、それに書いていた。

 それをジョンに渡し、指示を出した。

 「ジョン。それをスタッフボードに貼れ!今すぐだ」

 ジョンはそれを受け取り、病室から出て行った。


 マスターと2人きりになった。

 「とにかく横になれ。お前1人で何かをやろうとしてもダメなんだよ。やった分だけ時間の無駄なんだよ!」

 なんか腹が立ってきたので、文句を言ってやった。

 「ダメなのかどうかは、やってみないと分からない。特に子供なんて怖がっていて、抱いてやると安心し」 

 「うるさい!入院クランケは医者の言う事を聞くもんだ」

 「私だって医者だ」

 「分かってる。だけど、今はクランケだ」

 「でもっ」

 「トモ!」


 ドンッ!と、壁に押された。 


 「頼むから大人しく、言う事を聞いてくれ。寝ててくれ。何もするな。違うドクターを呼ぶ。フォローが一度も無しだと、状態が分からない」

 「それは私も同感だな。はっきりと状態を教えてもらいたい」

 その言葉に安心したのだろう、マスターはホッとした表情をしていた。

 私がベッドに入るのを待ち、ジョンからの連絡を待つ間、マスターはホットタオルを作ってそれを私の額に当ててこようとする。


 うわっ、気持ちいい。

 思わず目を瞑ってしまい、声が漏れてしまっていた。

 その時、唇に柔らかいものが触れてきた。

 この野郎と睨むが、マスターは既に電話に出ていた。

 そして、眼科のドクターを回診に来させるように指示を出していた。


 このやりとりで、私はフィルの言葉を思い出していた。

 「アンソニーは人の上に立つ器ではない。俺は、あいつの下で働くつもりはない。あいつは感情的になりやすいし、気分にムラがある」

たしかに、そうだな。

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