第50話 母は、音楽は偉大です。

 母親の方が先に来た。

 起こしてやってほしいとお願いすると、布団を捲って尻を叩いて起こしている。

 それがダメなら他のやり方で。

 父親がやってきては、「歌えば?」と言ってきた。


 は、歌う?


 その時に、思い出した。

 まだ小さい頃、母親がよく歌ってくれてた歌があると話してくれて、その歌をピアノで弾き語りして聞かせてくれた事を。

 私が思い出してると、アルトの声が聞こえてきた。

 友明の耳の近くで囁くように、低めに歌ってる。


 そう、この歌だ。

「人生」という大きなテーマの歌。

 そして「旅立ち」に「一人ではない」という、これら3曲だ。


 友明は、母親似なんだな。

 歌が上手い。


 3曲ほど聴いてると、そのアルトに沿うようにテノールが聞こえてきた。


 母は偉大だな。

 そう思った瞬間だった。


 すると、アルトの声は、メゾにソプラノにと変わった。

 見事な歌声だ。

 この女性は女声を3部とも歌える人なんだな。

 「ともっ」

 「お母ちゃんの歌声、久しぶりに聞いたぁ」

 友明…。

 子供の名前を呟いて、母親は泣いていた。


 私も、友明の声を久しぶりに聞いたよ。

 しかも、テノールでの歌声も少しだけど聴けた。

 看護婦は1人も動けないでいるので、仕方なく、私が動いた。

 「それでは、脈を診て熱も測ってから朝食だな」

 そう言うと、看護婦達は我に返ったのか動き出した。

 「はい」


 親の方を振り向き、私は言っていた。

 「朝食はどうされますか?もし良かったら病室でご一緒にいかがですか?」

 その私の言葉に反応したのは母親の方だ。

 「和食ですか?」

 「ちょっと待ってください。今日の朝食は…。

 あ、はい。和食ですね。今朝は小鉢の代わりに、うどんです」


 メニュー表を見ながら言うと、

 「あら、私うどん好きなんです。それでは、お願いします」

 「それは良かった。朝食の時間まで、もうしばらくお待ちくださいね」


 父親はと見ると、もう姿が見えなかった。

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