第48話 福山友明Side
意識が覚醒すると同時に、何か聞こえる。
誰かにどこかを触られてる感覚がある。
「もっと強く願って。生きたい、と強く思って」という声が聞こえてくる。
この声は誰?
フガッ!
な、何が?
目を開けると、そこに見えたのは。
ひろちゃんに、抱きしめられてる?
「母親が来てる」
という言葉が聞こえて数分後、騒がしく音が入り乱れてきた。
それから一ヶ月後。
やっと病室から出ることが許された。
リハビリも兼ねて階段の上り下りを数十回やる。
「運動不足なんだよ、看護婦さん睨まないでね」と、毎回のように看護婦にお願いしてた。
ある日、リハビリ室へ行くように言われ行ってみると、部屋は狭いが機器が置かれてある。ずっと寝ていたので身体が鈍っているのは分かっていたが、ここまで鈍ってるとは思わなかった。
時間制限はあるものの、リハビリという目標があるのは良い。
少林寺と合気道出来るかなと思い、その日の回診時に聞いてみた。
そしたら、「激しい運動は無理」とドクターストップをもらった。
それならっと意気込み聞いてみた。
「セックスは?」
医師も看護婦もビックリしていたが、まずは退院するのが先だと言われた。
もう少林寺や合気道は出来ないんだ。
そう思うとショックで、何もする気が失せた。
それから1週間ほど経つと外出許可が出たので、掃除するためにマンションに帰った。マンションに帰る途中、大破したスーパーの前を通るのだが、すでに新しくなってる。
マンションの部屋に入ると、玄関には男女の靴が目についた。
もしかして、お母ちゃんとお父ちゃん居るんだ?
リビングとキッチンに行ってみたが、居なかった。
もしかして、寝室?
まったく、もぅ。
婆ちゃん爺ちゃんが、いい歳してから…。
バンッ!!
と、寝室のドアを蹴って開けてやる。
「もう、2人とも何歳だと思ってるんだよ!ったく、人の部屋でっ」
あれ、お父ちゃん、その人は誰?
ベッドの上には上半身裸のお父ちゃんが、スレンダーの全裸な女性と一緒にいた。お父ちゃんはビックリ顔してこっちを向き、相手の女性は裸体を惜しげもなく向けてくれる。
「え…、なんで…、もう退院したっけ?」
「退院ではなく、外出許可もらったんだよ!掃除するために帰ってきたの。で、そっちの奴は誰だよ。しかも、裸になって…」
「この女たらしが… しかも、そのベッドで」
すると、
「別にいいだろ。お前は病院のベッドで寝てるんだし」
「退院したら、ここに戻ってくるんだぞ。そんな気持ちの悪い事をしたベッドで」
「洗えば良いだけだろ。それに、気持ちの悪い事ではないぞ。むしろ気持ちいい事だ。…あ、分かった。お前、付き合ってる女は居ないんだな」
これには怒った。
「そういう問題じゃないだろ!とっとと出てけ!掃除するんだから、その為に帰ってきたんだから」
お父ちゃんは、溜息つきながら言ってくれる。
「お前ね、ここは誰の物か分かって言ってるのか?」
それに対して低い声で睨みながら言ってやる。
「掃除したいんだよ。出てけ」
「はいはい、掃除はしてくれても良いよ」
「ああ、なるほど。もう一つのマンションにはお母ちゃんが居るからか」
「飯作ってくれたり掃除してくれるのはありがたいんだけどな。アレさえ無ければ…」
なんか、ブチ切れたぞ。
「で、孕ませてどうするんだ?」
「え?」
「そういう事やって妊娠させて、挙句の果てには、またお母ちゃんに渡すのか?
そうやって、またお母ちゃんに育児を押し付ける気か!」
「何を」
「何も知らんと思うな!大学の研究室で遺伝子のしくみをやった時に知った。お母ちゃんとお父ちゃんの遺伝子から、細胞から双子になる構造とかの研究を。その時に、知ったんだよ」
もう止まらなかった。
自分の事を『私』ではなく『俺』に変わっていたのにも気が付かなかった。
「教えろよ。俺の本当の母親の事を。母親から子供を2人奪い取って、お母ちゃんに育児を押し付けて…。それに、優人の本当の母親は誰だ?教えろっ!」
「トモ、友明っ!」
お父ちゃんの手が上がるのが見えるが、無視だ。
大学では得意だった睨み顔と低い声をお父ちゃんに向ける。
「教える気がないのなら出てけ。俺はっ…」
何度か深呼吸して、言い直す。
「今までやってきた事が…、全ての事が、もう出来なくなってしまった。
これだけは言っとくからな。あんたは、最低なヤツだ」
手を上げたままのお父ちゃんを寝室に残したまま、酒を呑むためキッチンに行く。酒がないので呑みたくても呑めない。仕方ないので、ミネラルウォーターを取り出し飲む。
合気道やりたくでも…、もう出来ない。
身体を動かすことが好きだったのに、ドクターストップもらうし。
防音室に入り、防音レベルをMAXにして、ピアノを弾きながら自分の心を落ち着けようと必死になっていた。
その日の夜。
頭が割れるように痛みだし、コールもする気がない。
「っぅ… ぅ… くぅ…」
このまま死んでも構わない。
未練は、ただ一つ。
ひろちゃん、全然顔を見せに来てくれないのはどうして?
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