第23話 少し怖いかも知れないが見ておくんだ

 荘重な佇まいで縫い針のような細長い尖塔が印象的な聖皇庁を、東から回り込むようにして北に向かうと、大振りの枝と生い茂った葉とひと際光を放つ実が、銀色に輝いて生命力の溢れるエデン大聖堂の全景が見えてくる。いつの間にか透明だった地面は、不透明の素材の道に変わっていた。

 天使の家族たちは厳かに歩いた。昼食の後に、神の子たちは喪服に着替えていた。二人は黒い礼服に身を包み、革靴を履いていた。ユリスはヴェールを顔に覆っていた。

 右手には、渦になった銀河をその胎内に宿した宇宙の模型像が浮いていた。子供たちは、宇宙を外側から眺めるという不思議な感覚に魅了されていた。太陽系のホログラムもあり、お馴染みの太陽や輪のある土星や、冥王星まで浮かんでいた。気付けば大聖堂のファサードのすぐ傍にまで接近していた。扉には意匠として銀河の渦が施されていた。

 この旅の終着点は、養父母の愛を完成させて初代アンデと一体化した、アンデの王統を継ぐ者、三代目のアンデの永眠だった。初代アンデはアンドロメダ銀河から飛来してきて、天の川銀河にリラ文明を発展させた。二代目はベガを、三代目はテラにレムリアを築いた。

 ルビヤは左手を扉にかざしたまま、背後を振り返った。

「少し怖いかも知れないが見ておくんだ」

「葬式に出たくない……」大聖堂の扉を眼前にして、メアイは急に弱気になった。

 黒を基調としたモーニングドレスを身に着けたメーイェにも、メアイの緊張が伝わってきた。黒はどことなく陰鬱な気分にさせ、ふと自分が堕落したことを思い出してしまった。私たちが行ってもいいところなの? と次第に不安になってきた。

「脅かして悪かったね。心配しないで」


 大聖堂の中に足を踏み入れた途端に、メアイとメーイェは腰を抜かして黒い絨毯の上でひっくり返っていた。否応なしに目に飛び込んできたものは、右前方の硝子張りの壁から覗く、巨大な女の顔だった。女の巨人が大聖堂の中庭で腹ばいになって、美しく整った顔を横向きにして中の様子をしきりに覗いていた。垂れた髪が、風に揺れていた。アンデを偲んでいるのか、目から涙を流していた。その涙だけでワインの酒樽がいっぱいになりそうな量だった。身体が大きすぎて聖堂の中に入れない天使や、人型に変身できない者たちは、外からアンデの葬式に参加することになっているようだった。女巨人の顔の隣には、孔雀の姿をした天使が、定期的にきらびやかな羽を開いたり、閉じたりしていた。その方法でしか、呼吸するすべを獲得できなかったのかもしれない。さらに隣には、巨躯の白象の天使がいた。メアイとメーイェが腰を抜かして、ひっくり返っても無理のないことだった。そして聖堂内には、様々な姿の天使たちが何百体もいて、椅子に座って中央を見ていた。

 エデン大聖堂の内部はドーム状になっていて、レムリアの都市のように十二種族の子孫たちによって座る席が分かれていた。大聖堂の中に都市が、都市の中に大宇宙の星座が嵌め込まれていた。大聖堂は小さな宇宙だった。天使や人、すべての創造物の内側にも、この小さな宇宙の原理が働いているかもしれなかった。

 円の中心、高くなった場所に、透けて見える巨大な、血走った一つの眼球が浮かび、その周囲は黒くなっていた。ちょうど黒い太陽が浮かんでいるような様相だった。黒い太陽のような眼球は、時折、長い睫毛でまばたきをしていた。その場で時計回りに回転しながら何かを話していた。

「あの姿が父なる天使の総代アンデだ。宇宙創造神のことではないよ」

「生きているの?」

「あれは光で造られた立体映像で、生きていたときのアンデを撮影して、空中に再現したものだ。だから霊魂でもない」

「死んでいるの?」

「死んでしまったから、葬式をするんだ。猫が死んだときにも、一緒に葬式しただろう? あのときは悲しかっただろう? さあ、前のほうに進もう」

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