第98話 音楽で執り成す者たち

 占い族の村人の全員が虐殺され、村は滅亡しました。村人たちは今までプーから搾取してきた分の血の量の返還を、村の因果律に一括で求められ、自らの命で支払いました。親では足りない分は、その子供が血を流して償いました。私たちは死んだ後に、占帝元老院の催眠術を受けて、この村の記憶が改変されることを無意識のうちに望み、辻褄を合わせるだけの虚構の物語の中に、亡霊になって生き続けることを選んだのです。心を閉ざしたドラクロワだけが、誰にも殺されずに生き残ったのです。私たちは生きているふりをすれば、死んだことも忘れることができました。何故って? 死んだことを認めてしまったら、プーを徹底的に利用したあげく、最後に見捨ててしまったという愚かな事実に辿り着いてしまうからです。私も喜んでプーの血を飲んだ。他の村人と同罪です。何のために生きているのかなんて、考える必要はなかった。生きていても死んでいても」

『硝子の指のオブジェウスは自身も幽霊であるためか、其処かしこを彷徨う幽霊と話をすることができた』『族長はすべての責を負わされ、物言わぬ石になり、村人は一人残らず死ぬことになるだろう』『棺桶職人の中には、幽霊と話せる者も商売上の理由で多かった』『爆弾工場の下の階の爆弾工場が、あの世だったとしても、生と死の区別がつかなかった』『アレフオにとって幽霊たちは、初めて出会う人間だった。幽霊たちはアレフオに言葉を教えた』『私が幽霊船に彼らを収容するように命じたのだ』『ところでマイユ様、随分と軽いですね』『拳銃ゲームで負けた怨霊が語りかけてきます』『ブザーを負ぶさったアレフオが立ち去ると、幽霊が乗り移ったかのように騎士の人形たちは、ゆっくりとアレフオの後をついてきた』『村の破滅について、占おうとする占い師はいなかった』『ここからは想像を絶する旅になるだろう。二度と村に戻って来てはならないよ。もう一度、言おう。プーは死んだのだ。それを理解できないというのなら、ネビア、君自身の占いで確かめてくるがいい』


「プーは沈黙を語って、神が奇跡を起こす存在ではなく生身の人間であることを、ただ死んでいく姿だけによって諭し、ドラクロワはプーを悪魔として葬り去ることで、命がけでプーに応えたのです。村人全員を滅ぼすきっかけを作るという最も重い役目を、永遠に何度でも引き受けて。村人の虐殺を命じたミトレラのことを許してやってはくれませんか。占帝元老院の催眠術によって復活したドラクロワは、猫の力を借りて過去に行って、メサエスに出会い、神の王を誕生させて、その意志は少女フィガロに託され、まだ幼かったミトレラの魂を救ったのです。ミトレラがその後、猫男のブザーの夢を叶える手助けをしたのです。人を喜ばせたいという夢を。ブザーのもとに集まった『うたたね楽団』は、皆が大公邸にいた者たちでした。何故か金色に変色してしまった花柄覆面を被ったバイオリン弾きのミトレラ。頭上のものを奪って入れ替える神象・木琴のヨーロアミルズ、ケーキ好きの太鼓大公であり、大公占い師でもあった、メギドの身代わりにされた偽牛頭大公のマレデイク。大公妃の取り返しのつかない罪を、『うたたね楽団』は何とか執り成して、代わりにブザーに対して罪滅ぼしをしたのです。世界と世界が交差する、プーの思い出の海辺の中で、座礁した船の上で、『うたたね楽団』はひと時の間、プーとドラクロワの心を楽しませたのです。占い族の村が存在し、楽団が存在しない世界の彼らは、それぞれのうたた寝の中で、もう一つの可能性を響かせる楽器を、実際に演奏していました。夢ではない夢のように。隣り合わせの世界で。

 占帝元老院に命じて、エリーを老婆から元の姿に戻し、森の迷宮の幻術を解かせました。もう村にはプーはいませんが、アレフオが身を挺して大公妃から救った夫のブザーがいます。その昔、伝説の人魚の国に近いシリウスの海。私は花咲き誇る島ヘーテの出身でしたが、エリーとは同郷でした。海賊の子を身籠ったエリーは、海賊船から逃げ出し、何日も海を漂流し、流れ着いた無人島に我が子を産み落とし、やむを得ず浜辺にいた蟹に『この子を守ってください』と祈って、海を泳いでいきました。あのときのヤシの木の下にいた子がアレフオでした。蟹はエリーの祈りに応じて、アレフオを育てました。何の見返りもないのに。蟹の後に、幽霊船、海賊船、盗賊団『黒猫の舌』のフィガロ、眠りの騎士団のジュリアン、第二代占王マイユがアレフオを育てました。一方、陸に辿り着いたエリーは、やがてブザーと出会うことになったのです。ああ、拳銃で命を懸けて戦ったアレフオとミトレラは、父母こそ違いますが、どちらもプーの兄だったのですね。もうすぐ、アレフオとブザーが、ムカデの鍵を使って、小屋を開けに来るでしょう。お疲れ様でした、エリー。これでメサエス、ミトレラ、アレフオ、ドラクロワ、プーの数奇な運命を辿った兄弟の物語はおしまいです。あなたは何のために、この場所にやってきたのですか? もう魚占い師はこの場にはいません。魚占い師の役割は、あなたをこの世界に連れてくることでした。ちょうど今、この文字列を目で追っている、この物語を読んでいるあなたのことです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る