楽しい楽しい異世界召喚

 それから1年、ヒイラ率いる【暁の旅団】の在り方は変わってしまった。

 暴と数を持って武を制す。

 初心者を助けるという、初めの志は完全に消え去り、そこにあったのは圧倒的な暴力によって抑えつける、完全なる独裁だった。

 一葉はそんなギルドの空気が嫌になり【暁の旅団】を脱けた。

 その時に通話ソフトでヒイラと会話したのが最後だった。


『君も…私の前から消えるんだね』


 その言葉が今もまだ、喉に刺さった魚の小骨の様に胸につかえているのだった。

 一葉はそんな苦々しい過去を思い出してかぶりを振ると、時計を見て驚愕する。


「やっべ!明日も学校だってのに!悪いらむだ!俺は寝る!」

『ん?ああ、そうだね。おやすみ』


 一葉はそう言って通話を終了すると、床に着くのであった。


  ☆


 翌朝、遅刻ギリギリで学校に着いた一葉が教室の戸を開くと、生徒達が思い思いに過ごしていた。

 適当に挨拶してくるクラスメイト達に挨拶を返して自分の席に座る。

 授業開始を知らせるチャイムが鳴ると1限目の教師が教室に入ってくる。


「はあ…授業したくねえ。仕事したくねえけど始めるか。そんじゃ、今日はp.256からな」


 1限目の国語担当の眼鏡をかけてダルっとしたジャージを来た若い男性教師が黒板に文字を書こうとした瞬間、教室中が光に包まれる。

 光が収まった教室からは全ての人間が消えていた。

 そして、その日教室にいた1-3の人間全てが教師含め失踪した、という話が広まったのであった。


  ☆


 光が収まって目を開けてまず飛び込んできたのは石造の壁だった。

 辺りを見渡すと、一葉以外の生徒も不安そうな表情を浮かべたりして、ザワザワとしていた。


「よくぞ参ってくれた!勇者達よ!」


 突然、そんな大声が聞こえてきた。

 声の方向を見てみれば、煌びやかな鎧を着込んだ、髭の生えた偉そうな男が立っていた。


「我々は貴様等を歓迎しよう!さあ!国王陛下の御待ちだ!ついて来い!」


 そう言って偉そうにマントを翻す、鎧男の言葉にいち早く反応して動いたのは、国語教師_伊兎いと雄二ゆうじだった。

 雄二は鎧男の元まで駆けて背後からドロップキックをかます。

 すると鎧男は無様に転んでガシャーン!と派手な音を立てる。

 雄二は突然のことで目を丸くしている鎧男の背中を踏みつけると、懐から取り出したタバコに火をつけ一服。

 煙を吐き出しながら尋ねる。


「で、なに?俺達勝手に呼んどいてなに偉そうにしてんの?敬語くらい使えや」

「ぐぬぬ…!貴様!その汚い足を退けろ!このうす汚い異邦人め!」

「ふーん、そう言うこと言うんだ」


 そう言って雄二はタバコを鎧男の頬に押し付ける。根性焼きだ。


「〜〜〜〜ッ!?!?」

「で、俺達が、なん、だっ、て?」

「ゲフッ!がふっ!ご、ごめんなっ…ぐぇっ!」


 タバコの火を押し付けるだけじゃ飽き足らず、鎧男をボコボコに殴る姿を見た一葉達生徒はドン引きだった。ドンの引きである。

 やがて痛みから従順になった鎧男の丁寧な案内のもと、一葉達は、無駄に豪華な部屋に通された。

 玉座で踏ん反り返っている、よく肥えた王様らしき人物は雄二の横で顔を真っ赤に腫らしている鎧男を見てギョッとする。

 雄二はもう一本タバコを吸い始めると煙を吐き出して問う。


「よお、あんたがこいつの上司か?」

「控えろ!愚民!余を何者かわかっての行動か!」

「…取り敢えず人間ってことと、食い過ぎ、運動不足って事だけはわかる」

「き、貴様ぁ〜!」


 そう言って顔を真っ赤にする王様らしき人物に雄二は「怒りであご震えてんじゃん」と手を叩きながら大爆笑していた。

 煽られた王様らしき人物は、周囲の騎士らしき人々に「殺せ!」と喚き散らしていたが、ボコボコにされた鎧男を見て動けずにいた。

 一葉達は知らないことだが、実はこの男1人で1つの軍隊に匹敵するほどの力を持ち、英雄と呼ばれる程の傑物だったのだ。

 いつまでも動かない騎士達に痺れを切らしたのか王様らしき人物は全身の肉を揺らしながら立ち上がる。


「ええい!何をしておるか愚鈍共め!そもそもそんなところで何をしている!レイク、そやつを殺さぬか!」


 レイクと呼ばれた鎧男は首を振り、怯えた口調で話し始める。


「お、王よ!お言葉ですが、私では彼に歯が立ちませぬ!彼等の望むものを差し出し、我々の味方になってもらう以外方法は御座いません!」


 レイクはそう言うと王様らしき人物は考えるような素振りを見せて、椅子に腰掛ける。


「ふむ、レイクの言う通りじゃ。こいつらよりも早く魔王討伐を済ませる事が先決じゃな。おい!そこのお前!」


 王様らしき人物の呼びかけに、雄二は3本目のタバコに火をつけ「ああん?」と短く返した。もはや先生のする返事じゃないと思う。

 そんな雄二の行動に顔を引きつらせながら、王様らしき人物は偉そうに喋る。


「貴様の知りたいことを言え!」

「そうだな…どうして俺達がここにいるのかと、俺に彼女ができない理由を聞きたい」

「貴様の女事情は知らぬが…ここにいる理由なら話そう。宰相!」

「はい、国王陛下。それでは勇者様方私は宰相アルベルト=ユーラー皆様にお話をさせていただきます」


 そう言って頭を下げるアルベルトの話は予想通りといえば予想通りだった。

 10年前、突如現れた【黒の魔王】によってこの世界は混乱に陥った。

 着実に人類は衰えつつあったが、遂にユグナイト王家によって勇者召喚の魔法式が完成したため、異世界より勇者を召喚した。それが一葉達らしい。


「最近では【暁の魔王】なる者も現れておりますが、こちらは放置しておけば何もしてこない為、放置しています」


 一葉はこの【暁の魔王】という単語が引っかかった。

 更に召喚の前日にらむだから聞いた話『ヒイラの失踪』とヒイラの二つ名である【暁の魔王】に繋がりがあるように思えてしまったのだった。


「最後の説明ですが、皆様ステータスをご確認いただきたい。ステータス、と念じていただければ表示されるかと、そこでSPを消費してスキルを会得してくだされ」


 そう言われ、一葉がステータスと念じると目の前に見覚えのあるウインドウが開かれる。


◇◇◇◇◇◇

名:ソウガ・イチヨウ[♂]

Lv.1

HP:15 MP:30

ST:10 DF:15

MA:15 MD:15

AG:20 


スキル:【スキルクリエイト】

SP:100

◇◇◇◇◇◇


 レベルや名前など違いはあるが、一葉がプレイしている【ℹ︎O】のステータス画面そっくりだったのだ。


(なんだこれ。ℹ︎Oそっくりだ。それならSPはこうすれば…)


 一葉がSPという文字をタップすると、目の前にズラリとスキルが並んだ。

 【剣術】【身体能力上昇】【火魔法】etc.

 全てゲーム内で見たことのあるスキル名だった。

 一葉は限られたSPで必要なスキルを習得する。


◇◇◇◇◇◇

名:ソウガ・イチヨウ[♂]

Lv.1

HP:15 MP:30

ST:10 DF:15

MA:15 MD:15

AG:20 


スキル:【スキルクリエイト】【剣術Lv.5】【盾術Lv.12】【重複詠唱マルチLv.3】【盗賊Lv.5】【凍結魔法Lv.2】

SP:0

◇◇◇◇◇◇


 必要なスキルを習得した一葉は隣にいた男子生徒のステータスを覗き込んで驚愕する。


◇◇◇◇◇◇

名:ナイトウ・ヨウイチ[♂]

Lv.1

HP:50 MP:40

ST:60 DF:55

MA:45 MD:40

AG:30


スキル:【剣術Lv15】【盾術Lv.10】【回復魔法Lv.5】【詠唱破棄】【二重詠唱ダブルキャスト

SP:350

◇◇◇◇◇◇


 他の生徒達のステータスを見てみるが、全員一葉より高いのだ。

 1番高かったのは雄二だった。


◇◇◇◇◇◇

名:イト・ユウジ[♂]

Lv.1

HP:95 MP:80

ST:105 DF:75

MA:65 MD:110

AG:80


スキル:【脚術Lv.20】【格闘Lv.15】【身体能力上昇Lv.5】

SP:670

◇◇◇◇◇◇


「ふむ、皆さん確認が終わりましたかな?それでは、私共にお教えください」


 そう言われて意気揚々と自身のステータスとスキルを伝える生徒達。

 しかし、一葉だけは絶望していた。


「次!ソウガ・イチヨウ殿!」

「あっ、えっと…Lv.1で上から順に15.30.10.15.15.15.20です…」


 一葉がそう言うと、ステータスを書き込んでいた兵士の腕が止まり、驚くような表情を浮かべる。


「えーと…それは間違いありませんか?」

「はい、間違い…ないです」


 兵士がちらりと王様を見ると、王様が全身の肉を揺らして立ち上がる。


「なんじゃ!勇者のくせに一般人と変わらんではないか!この役立たずめ!」


 そう怒鳴られた一葉に向けられる視線は、同情か嘲笑か。

 少なくとも良い感情は含まれていないであろう。

 その日、一葉達は用意された部屋で明日に備えてゆっくり休むように、と言われたが、一葉はヒイラと【暁の魔王】が気になって、よく眠れなかったのだった。

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