18 魔眼の尖晶家
「どこからどう! 見ても!! 美少女だろっ! 先輩にお似合いの!」
ヒギリが地面を叩き、僕が心のタオルを投げ入れる。
相手が女子だからといって言うなりになるようなヒギリではない。
イチゲも天藍と同じ五鱗騎士。技がきまるとはねのけられないくらいに力が強いのだ。ものすごく。
「お取込み中のところ申し訳ありませんが、魔眼の尖晶家って何か教えてもらえませんかね……?」
ヒギリに馬乗りになった彼女の神経を逆なでしないよう、そっと声をかける。
異世界転移してしばらく経つが、未だに未知の単語が飛び交いまくりだ。
「あれぇ、先生、知らないのぉ? 相変わらず世間知らずだねぇ」
ヒギリを締め上げながら、イチゲは微妙な顔を浮かべる。
「ってもな~、薔薇騎士様に教えるのもなんか微妙だなぁ……」
「薔薇騎士とか、みんなが勝手に言ってるだけで僕と紅華はそんなんじゃないってば。これには事情があるんだよ」
「本当にぃ? 恋愛感情とかないのぉ?」
「無い!」
紅水紅華は、確かに、美人でかわいい美少女だろう。彼女がひとりで、翡翠宮で戦っていることも知っている……。
でも僕は、彼女にとってはたぶん、なんていうか、《取るに足らない人間》だ。身分だって天と地くらい離れてるし。騎士なんて大それた呼び名がそんなふうに広まっていくのは、まったく本意じゃない。
「こんなワケのわからないことに巻き込まれてるんだよ、今は何より情報が欲しい」
この団地の正体がなんであれ、アマレが何か関わっている可能性の目が出て来た。
昨日からのあの騒ぎ、そしてさっきの事故……すべてを無視してしまう度胸はさすがに無い。
今回、車はたまたま道を逸れて事故を起こして止まったが、明日には、図書館の壁に突き刺さっていないとも限らないのだ。
イチゲはそれなら、と前置いて、話してくれた。
「クヨウ捜査官も言ってた通り、尖晶家は貴族だけど、呪われた一族なんだ……。彼らは《魔眼》の持ち主で、代々ずっと魔術に汚染されているんだよ」
彼らは特異な《瞳》の持ち主だった。
その瞳は、持ち主の望むと望まざるとにかかわらず、海音のような特殊な、それも《見ること》に関する能力を発揮する。
しかし海音と違うのは、それが厳然とした《魔術》であるということ。
尖晶家の初代がかけた魔術が、血を通じて、その子世代に伝わっていくのである。
魔術禁止時代は、吸血鬼と同じく血によって伝わる伝染性を問題視されて、貴族でありながら居住地区が厳密に定められていた。
「具体的にどんな能力なの? 千里眼、みたいな?」
魔眼、ときいて、いちばんに思い浮かんだのは、もちろんマージョリーのことだった。
「具体的なことは、実はよくわからないんだ。魔眼の力は尖晶家秘伝のお家芸だからね。ただ、能力はひとつだけじゃなくて……瞳の《色》ごとに様々な能力が発現してたらしいって言われてる」
「様々な能力、ね……」
「能力の内容も強さもまちまちで、そのくせ魔術禁止時代には無用のものだったから、だいぶ廃れちゃってて、没落寸前だったらしいよぅ。でも、そこにきて、尖晶家の《最高傑作》が誕生したの。その名は、尖晶クガイ」
彼は星条家のコチョウ、菫青家のミズメと共に、先代女王翠銅乙女の《騎士》に選ばれた。それも、二人よりも決定した時期は早い。
彼は生まれた瞬間に、騎士となることが決定していたのだ。
それだけ、期待値が高い能力だったってことだろう。
「どんな能力だったんだろう……」
『さァねぇ~~~~。案外、強さとは関係ないところにあるかもネ。竜鱗魔術が最強ってコトには変わりないんだカラ』
「たしかに。最強の竜鱗魔術ではなく、選ばれた《魔眼》ってのは妙な感じがするな」
色んなピースが、ひとつのところに集まってくるのを感じ、胸がモヤモヤする。
「でも尖晶クガイは、失踪しちゃったんだよね。ミズメも」
「ええと、菫青ミズメって、菫青オガルの……?」
「お兄さん」
どしん、と何かが、僕の上に墜落する。
リリアンは確か、その名前は出さなかったはずだ。菫青ミズメ……!
僕が探している人。
オルドルの使う魔術と同じ、蛟の書の使い手だっただろう彼も、騎士だった。
「ええっと、ということは、二人とも失踪ってこと?」
「ミズメは魔術学院を卒業後しばらくしてから、クガイはちょうど紅華姫が誕生する一年前あたりで……ふっつりと姿を消したんだよねえ」
「それって、大事件じゃないか?」
「二人をヤったのは誰か……とかな」と、ヒギリが溜息を吐いた。
言われてみれば、大の大人が……それも騎士に選出されたほどの魔術師が二人とも、いなくなっているのだ。
事故とか、気の迷いとかは、考えにくい。
そして、その状況で一番得をした人物がいる。
もちろん、星条コチョウだ。ほかの夫候補である二人がいなければ、彼は女王の愛情を一身に受けることになる。
そして実際に彼女との間に一女をもうけ、財産も、名誉も、何もかもを手にした。
「うわ、なんだそれ……。考えていたよりずっと、キナ臭いじゃないか」
「そうそうそうなんだよう。それにぃ、これは今でも議論の的だけど、《紅華姫の父親は誰なのか》ってこともだよ」
「紅華の?」
ダメ押しとばかりに投げかけられる疑問点に、押しつぶされそうだ。
「そ。公的には紅水家が後見人ということになってるけど、紅水家は魔術師の家系でもないし、そもそも騎士に選出されてないからね。今でも、失踪したクガイの子が紅華姫なんじゃないかって言われてるんだけど……」
イチゲが僕の表情をうかがう様子になる。
なるほど、最初に話すのを躊躇った理由がわかってきた。
翡翠女王国、第二の姫君、紅水紅華の出生の謎……。そりゃ、彼女の騎士だってことになっている僕にはあんまり聞かせたくない話だ。
しかも、これまでの出来事から、僕はその話がどうしてゴシップ好きの連中の格好の獲物になってるか、推察できる。
リブラの両親だ。
代々女王の侍医を務めていた玻璃家の当主とその妻は、紅華の誕生の後、紅華を引き取っている。本当なら紅水家がそうするべきだったにもかかわらず、だ。そしてその謎は、女王が亡くなると同時にふたりが殉死してしまい、永遠の謎になった。
……ふたりは、その謎を墓に持ち込むために死んだ、というのは、考えすぎだろうか。
「気持ち悪い話聞いちゃったな……」
「だから先生に話すのはヤだったんだよ~っ!」
「でも、屋敷の跡地には興味がある、と……」
「イチゲ、こぉゆうミステリー大好きなの~」
精いっぱいのかわいいポーズと潤んだ目つきでの上目遣いで、こちらを見上げてくる(見た目だけ)美少女。
「そこであざといアピールされても、ゴシップ趣味の下品さは消えないと思う」
「チッ!」
「舌打ちがデカすぎると思います」
イチゲは絶対に美少女がしないだろう偉そうな仕種で、あごをしゃくって前進を示した。
「オラ、こんなとこで溜まってても仕方ねえだろうが、先に行くぞ」
「男の本性を隠そうっていう気がみじんも感じられないんですけど!?」
豹変したイチゲは、建物の玄関へと向かっていく。
なんとなくヒギリを見ると、彼は風に吹かれながら見たこともないくらい優しい顔をしていた。
「俺……お前といると、なんか楽だな……」
どうやら、ヒギリは案外ツッコミ役に回ることが多いらしい。
配役は意外だが、僕を使って楽をするのはどうかと思う。
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