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「――という訳で、魔法生物っぽいものに襲われたんですけど」
「あれが本当に魔法生物なら、政府によって認可されていない種である可能性が高い」とイチゲが捕捉してくれる。「マスター・ヒナガの魔術観測結果が正しければ~、ですけど!」
翡翠女王国にはニャコ族や吸血鬼を代表として、魔術に縁のある種が暮らしている。だがそれは政府の許可のもと居住しているにすぎず、知性のある生命体ならなんでもかんでも表通りを二足歩行していてもオーケーだ、というわけではない。
「ふむ。本当に君が言う通りならば由々しき事態だ、が……」
クヨウは鉄柵の向こうを見やった。
「君を追いかけ回していた《キャシー捜査官》とやらは、妄想ではないとは知れたが、とうに燃え尽きている。そして、もう一体のほうは、あのフェンスから出ずに奥に去って行った……そうだな?」
「ああ、そうだよ。君が来るのを待ってる間にも、追いかけたい気分だった」
「それはやめておいたほうがいいだろう。あの敷地内は魔術研究施設としての正式な届け出がされている」
「……へっ?」
「聞こえなかったか? ずいぶん都合がいい耳だな。あの敷地内に限っては、魔術行使は海市府政府の名の下に合法だ、ということだ。残念だったな」
いくら魔術が非合法でも、現実的には医療魔術を代表して実社会に役立っている魔術は山のようにある。研究施設も必要だ。
その鉄柵から向こうは、魔術学院と同じく、魔術の研究機関として様々な手続きを踏み、許諾を得た土地であるということだ。
だが、僕の目には、敷地内にあるのは古い団地に見える。
同じような味もそっけもないコンクリの建物が三つ、無機質に並んだだけの。
それが、魔術研究施設?
嘘だろ、と思ったのは僕だけではなさそうだ。
イチゲもヒギリも、ヘンな顔をしている。
「外観なんぞは所有者の自由だ。できて精々、厳重注意といったところだな。証拠もあるまい」
「証拠もなしに僕を逮捕したくせに?」
「君の場合は、事件性も必然性もあった。ここがどこだか知ってるか」
クヨウが咥える煙草の吸殻が短くなっている。
僕は慌てて質問の意味を考えた。
「住所って意味じゃないよね?」
そう口にすると、クヨウは僕の顔に煙を思いっきり吐き掛けてきた。
「サービスだ。教えてやろう、ここはな、《尖晶屋敷》の跡地だ」
「尖晶……って、どこかで聞いた名前だな」
「貴族にして、そして純然たる人間にして唯一、居住地指定を受けた《忌むべき魔眼の一族》、それが尖晶家だ。最後の所有者は尖晶マツヨイ。その死後は更地になったが、数年前、突然この建物が現れた」
「あっもしかして……! 星条コチョウの結婚相手……」
クヨウは頷いた。
ミクリが言っていた。
百合白とは腹違いの兄にあたる星条アマレの母親は、尖晶家の娘だって話していた。
彼女は既に故人だから、その財産は、普通なら息子に受け継がれているはずだ。
「きみのことは評価に値する魔術師だとは知っているが、しかし、頼まれもしない面倒ごとに首を突っ込みたがる悪癖だけは理解しようもないよ」
「仕方ないだろ、ツッコミたくなくても、向こうからやって来るんだから」
「近寄るなと言ってやればいいのさ。では、ごきげんよう、また生きてお目にかかるなら僥倖だ」
そう言うと、クヨウは片手でトランクを開けた。
その瞬間、体はバラバラになった。
文字通りの意味だ。関節という関節が外れて、レースで覆われた華美なゴシックドレスと一緒にトランクに格納されていく。そして地面の暗がりからせり出した白い腕がトランクの把手を掴み、再び地面の下へと沈んでいく。
イチゲとヒギリはその派手な退出の仕方に驚いて目を見開いていた。
彼女は竜鱗騎士ではないが、その魔術の力は学院の教官たちと比べても劣らない。
そんな力があるのに、キヤラ相手では死者を出したのだ。
大魔女の名は伊達ではないってことだ。
*
「えと、とりあえず、ふたりは帰ってくれて構わないんだけど?」
「ええ? そんな、他人行儀なコト言わないでよう。旅は道連れ世は情けっていうじゃんか!」
イチゲは妙に瞳を輝かせ、僕には理解不能な情熱をみなぎらせ、張り切った様子で、団地の中に入っていく。
「俺は! 帰る!! これ以上、トンチンカンに付き合う理由はねえ!」
ヒギリは必死に逆方向に進もうとしているのだが、二本の線を地面に穿ちながら、イチゲに引きずられていく。
「えっと、僕的にもヒギリ君の意見が圧倒的に常識的だと思うんだけど、その異常なやる気はいったいどこからくるの?」
「またまた~、冗談でしょ。先生が心配だからに決まってるじゃん!!」
絶対違う。なにかがちがう。
「ウソつけ、ミーハー野郎。一時期、《魔眼》の尖晶家っていったら、今世紀最大の王室スキャンダルだって電網記事漁りまくってただろ!」
「野郎っていうな!」
ヒギリはイチゲにプロレス技をかけられ、地面に沈んだ。
流石にチームメイトだ。相手のことを知りつくしている。
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